×長編 | ナノ


それから三日後。
何事もなく日々が過ぎていった。
秋色の世界はいつしか冬の準備をし始め、やがて寂しさを表す色彩へと変えていく。
そんな風景を教室の窓から見つめる毎日だった。
沙耶香はあれっきり矢島さんに関することは一切聞いてこなかった。
彼女なりの配慮なのか、それとも単なる気まぐれだったのか。
それは分からないけれど今の私には助かっていた。
聞かれても何の進展もないし、第一あれ以来彼には会っていない。
学年もクラスも、部活も知らないので当たり前といえば当たり前だけれど。
誰かを探しながら校舎を歩く毎日は一体、いつまで続くんだろうか。

屋上へもあれっきり行っていない。
部活の休憩の合間によくあの場所へ行っていた足は、自然と遠のいていた。
今更会って、そして、何を話すのだろうか。
自分に言い聞かせるような言い訳を何度も心の中で繰り返しては無理やり納得させる。
本心なんて、向き合うもなにも、何も、ない。

いつも部活は基本的になにしていようが自由だった。
けれどこの日、部長である三年の先輩が、今日の部活は外だと珍しく内容を指定した。
ということは外でのスケッチか、と何冊目になるか分からないスケッチブックを手にしながら私は部室を後にする。
途中振り返ると少し面倒そうな半ば幽霊部員のような存在の一年生がゆったりした足取りで付いてくるのが見えた。

どこで、という疑問に私はなんとなく足取りを緩めた。
サッカーグラウンドでサッカー部を描くも良いかもしれない。
けどギャラリーが煩そうだから止めよう。
野球部。
これもギャラリー以下同文。
学校の建物自体を描くのもいいかな。
うろうろと目的の決まらない足がやがて止まる。
その場所は、体育館だった。
初めて彼を見た場所。
彼という存在を知った場所。
頭の中に浮かび上がる、あの光景を保っていたい。
そう決めた私の足が動き出す。
体育館の内側を見ながら、あの日のことを絵に立ち上げたい。
細く削った鉛筆を握る手が、少しずつ汗ばんでいくのが分かった。
あの日の興奮や、歓声、光景、色彩。
全部を写し描くことは無理かもしれない。
けれどもう一度あの場所に行けば、また思い出せるかもしれない。
どこまでが夢で、どこまでが現実か。

体育館のアリーナに通じる扉は開け放されていた。
中ではバッシュの音や、ボールの跳ねる音が聞こえる。
手前のコートで部活をしているのはバレー部だった。
知り合いがこちらに気付いて、練習中にも関わらず手を振ってくれた。
すぐそばにある扉に寄り掛かる。
スケッチブックを小脇に抱えながら、やがてあの時と同じ状況だということに気付いた。

ライブが始まって数分、遅れて入場した私の耳に届くつんざく様な轟音。
怪獣が歩くみたいに一定間隔で揺れる体育館。
扉付近で立ち尽くした私の耳に、やがてそれらを掻き消すような、旋律が入り込んだ。
歓声が時たま上がる。
思わず耳に覆っていた手を、静かに離していくと同時に私はステージにゆっくりと視線を向けた。
目を閉じながら、リズムを狂わせることなく、次々とフレーズをマイク越しに伝えるその声。
開かれた瞳がゆっくりと会場全体を見渡した後、

「……あ」

私に標的を定めた。

嘘だ、と声を上げたくなった。
手前に向けていた視界が暗転しかける。
寸でのところで自我を取り戻した意識がそれでも警報を鳴らしているようだった。
後頭部を殴られたような衝撃が脳に広がる。
ステージへと向けた瞳がその少し手前で止まる。
リングに吸い付くように入るシュート。
そのシュートを放った張本人の周りに仲間たちの歓声が集まっている。

それは紛れもなく、矢島さんだった。