×長編 | ナノ
昼休みを教室で過ごすのは久しぶりだった。 いつもは所属する美術部の部室で食べるか、時たま一人になりたくて裏庭に行ったり、屋上に行ったりすることが多かったから。 屋上、という単語で思い出す。 そうか、その詳細を話さなければ開放されることはないんだった。 教室の騒がしさに心乱されながらも今自分の置かれている状態を再確認して、溜息を付いた。 目の前にいる、昼休みを一緒にするなんて滅多にない沙耶香の顔を見てまた一つ息を吐く。 白状することが一番賢い選択肢だということは、一目瞭然。 まあ、とっくに諦めはついていたけれど。
「いざ話すとなるとどう話せばいいのか分かんない……」
目の前でパックのジュースを飲む沙耶香がうんざりしたような目で私を見た。 それにしてもどうして沙耶香だけでなく、同じサッカー部のマネージャーの子も一緒なんだろう。 道連れってやつなのか、とその子の顔を見ると、状況が分かっていないのか首を傾げていた。
「ねえねえ、沙耶香さん。何の話?」 「うるさいわね。今から面白い話が始まるの」 「面白い話?」 「べっつに面白さのかけらもないんだけど……」
反応を返しながらそっと自分の持っていたお弁当の包みを広げる。 同時に購買で買ってきた新発売のジュースにストローを差すと、いよいよ沙耶香が本格的な内容を口にした。
「そうねえ、じゃあまず。相手は誰?」 「……直球」 「え、恋?恋の話?」 「そうよ。全く相変わらず鈍いんだから。名前の恋の話」 「あのーまだ恋だなんて一言も言ってないんですけど」 「で、相手は誰よ」
だめだ。話が飛躍しててしかもこっちの意見なんてまるで無視。 ストローを口に運びながら頭の中に未だ居座り続けるあの人の姿を瞳に映し描く。 好奇心に満ちた女の子らしい二人の瞳を見て、今日何度目か分からない溜息を付いた。
「名前は、分かんない」 「何よそれ」 「嘘は言ってない」
これは本当だった。 矢島という苗字だけを聞いただけだ。 しかも轟音唸るあのライブ会場での歓声の中から拾うというなんとも間抜けた収集の成果。 結局下の名前は一向に分からないまま、学校で会うこともないから、と忘れようと思った矢先に遭遇した昨日の出来事。 今、思い出しても心臓が煩くなる。 一つ一つ、気持ちを整頓していきながら私は小さく言葉を零し始めた。 本当は、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
「も、」 「も?」 「妄想の行き過ぎっていうか」 「はあ?」
素っ頓狂な沙耶香の声と、いまいち理解し切れていないマネージャーの子の声が微かに重なる。 あれ、そういえばこの二人ってライバル同士なんじゃなかったっけ。 そんなことを思いながらもナイスタイミングで重なった二人の声に、息ぴったりじゃんと賞賛の声を上げそうになった。
「どういうことよ」 「そ、その、ゆ、夢にね」 「うんうん」 「夢に、出てきたっていうか」 「で?」 「で、……終わり」 「へ?」
またも息ぴったり。 ライバル同士だけどきっと君たち良い友達になれるんじゃないかな。 どこか涼しげな心が、客観的に二人を見つめてはそんなことを思っていた。
「つまんないわね」 「それはどうもすみませんでした」 「で、どんな夢?」 「つまないって言った癖に!」 「それとこれとは別よ」 「……」
クラスの一部の女子が彼女を苦手だと言っていたのが分かったような気がする。 けれどそれでも私は彼女を嫌悪することのほうが難しそうだ。 何でかはわからない。 普通だったらこういう人苦手だーって敬遠するはずなのに、彼女だけはどうも例外だった。 というか友達としては好きだな。 そんなことを思いながら、フォークで綺麗に巻かれた玉子焼きを口に運ぶ。 我ながら上出来だと感心した。
「肝心なのは、その……内容じゃなくて」 「あら、そうなの」 「うーん……何ていうか。その夢が、初めて会ったときの光景と同じで。でー……起きたときどこからどこまでが現実なのか分かんなくなって」 「ああ、それで朝憂鬱そうだったのね」 「まあ、そういうこと。で……」
そして不意に朝見た光景を思い描く。 沙耶香の隣に座る子が、風間君とじゃれ合ってる風景。 あんな風に誰かと笑い合ってみたいな、そんな憧れ。 私の視線に気づいたのか、お弁当の包みを結んでいた彼女が何?と可愛らしくこちらを見た。 こんな可愛らしさとか、沙耶香みたいな綺麗さとかがあったらなあ。 そんな現実味のない願望を抱きたくなるほどだ。
「ううん、なんでもない。ただ」 「ただ?」 「全部、夢の内容も現実だったら良いのになって、そう思っただけ」
私だけに微笑んで、私だけに歌ってくれる。 そういう存在が欲しいだけなのかもしれない。 それならこの気持ちは矢島さんに対する恋心とかそういうのじゃなくて、きっとただの恋への憧れ。 だからもう一度会ってみたいなんて気持ちはきっと、
ただの好奇心なんだろうな。
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