×長編 | ナノ


夢だった。
そう疑いかけたのは昨日の夜、彼が夢に出てきたから。
思い出すと今でも心が躍る、文化祭でのライブ。
一曲しか歌うことはなかったけれどその後も楽器に回った彼の姿から視線が離れることはなかった。
あの人の歌を、私だけのために歌って欲しい。
そんな思いを抱えたと同時に目が合う。
心なしか私だけに微笑んでくれたような彼の表情に私は居たたまれずライブ会場だった体育館を後にした。
そこで、途切れる。

一体、どこからどこまでが夢なのだろうか。
そして全部が夢だとしたら私の脳内はどこまで桃色に染まっているんだ。
そう疑いたくなるような憂鬱な朝だった。

「……妄想ってやつ、なのかな……」
「おはよ、ってなんか、あったの」
「あ、おはよ。……なんかあったって、分かる?」
「オーラが、ね。どす黒い」
「え、うそ」
「ホント」

同じクラスの沙耶香に会ったのは登校してすぐ、下駄箱でのことだ。
気の強い彼女はクラスでも好き嫌いが分かれるような存在だったけれど、私は好きだ。
物怖じしない性格と、ずばずば言ってくれる進言は、どれも相手を思ってのことだったり、例えそうじゃなくても参考になるくらいの説得力を持ち合わせているものに変わりはなかったから。
下足を小さな靴箱に入れて、代わりに室内靴を取り出す。
それに両足を入れたところで、沙耶香が面白いとでも言いたげな口調で言葉を続けた。

「とにかくそのオーラしまいなさいよ。あと顔。ひどいわよ」
「無意識だから無理。顔は生まれつきだからもっと無理」
「ふうん。まあ沙耶香には関係ないけど。聞いてあげてもいいわよ」
「遠慮しまーす」
「あっそ。せっかく人が言ってやったっていうのに」
「なんか、客観的に考えてみたら単なるノロケな気がして、無理。言えない」

会話のやり取りが、そこで一旦停止したみたいに止まる。
どうしたの、と後ろを歩いていた沙耶香の顔を振り向きざまに見ると、その表情には女の子特有の、生き生きさが映し出されていた。
あれ、地雷、?

「気分が変わった」
「あの、沙耶香?……さん?」
「その話、聞かせなさい」

女の子特有ですね。いわゆる恋バナ好きってやつですね。

客観的に思うことで、逃避する。
わくわくしたような表情で微笑む沙耶香から視線を逸らした先で、風間君とマネージャーの子がじゃれ合ってるのを見つけた。
ああ、なんていうか。日本て、平和。