×長編 | ナノ



からかっているのなら止めてほしい。もちろん本気のつもりはそれこそ神に誓ってないだろうし、冗談に決まってる。彼の隣にはいつも綺麗なあの人がいるし、年だって離れてるし。
何より、相手は神様だ。

(ないない、って自分で決め付けることほど寂しいもんないよねぇ)

「はぁふぅ……」
「溜息にしてはマヌケ、ね」

クスクスと笑う口元はどこかあの人に似てる。振り返るとマリア様が慈しむような笑みを浮かべながらそこにいた。ステンドグラスから差し込む光がその銅をキラキラと輝かせている。その先にある部屋へとつながっている扉が開かれた。

「八重さん」
「また懺悔しに来たの?」
「またってなんですかまたって。……懺悔することももうありませんよ」
「……」

この町に来てから私は毎週の休日を教会訪問に宛てていた。それはもう習慣付けされていて、今更止めろと言われてもきっと出来ないと思う。私を町に連れて来てくれた雄飛さんの妹である八重さんがシスターをしている教会。キラキラと光を乱反射させるステンドグラスに囲まれた教会内は幻想的で、でも安心感をもたらす暖かさそこには詰まっている。

「……最近はどう?」

穏やかな、八重さんの声。同じ髪色、同じ瞳の色が私の顔を覗き込んできた。マリア像から目を離さずに私は首を小さく横に振る。その返事は八重さんにどういう意味を、与えたのだろう。

「分からないことばっかり」
「……それは、」
「良い様に弄ばれてますよ」
「あらあら」
「真剣に悩んでる私がバカみたい」

子供みたいな無邪気の笑顔を浮かべた八重さんに私も笑って見せた。彼女のブーツのヒールが二人しかいない教会内に響き渡る。パイプオルガンのある壇上へ行く八重さんの後ろ姿を私はただただ見つめていた。

同じ色。
こんなにも恋しく想ってるのになぁ。

「そっち方向はまぁ、頑張りなさい」
「強力なライバルと不動の地位が頑張る気をなくしますけどね」

冗談混じりに、笑った。パイプオルガンの重そうな蓋が開かれて、八重さんの綺麗な手が、鍵盤を優しく押し始める。パイプオルガン独特なあの、厳かで音の重なりあったような旋律が耳をくすぐった。ド、レ、ミ、ファ。その後、引き継ぐように八重さんが口を開いた。

「元気そうで何より」
「はい?」
「少しだけ変わった、」
「そうですか?」
「……かしらねえ」
「そう言葉を続けられると複雑です……」

雄飛さんのことを私の身近な人たちの中では一番に理解してる八重さんだからこそ素直に色々と話せるのかもしれない。雄飛さんへの気持ちも、寂しいという感情も、

彼と出会ったあの日に起こった惨劇からくる罪悪感、とかも。

「……もう、罪悪感は持たないようにしようかなって」
「あら、そうなの?」
「はい。昨日で私、あなたの町に来て四年が経ちました」
「月日が経つのは本当に、早いわね」
「それは神様だからっていう理由ですか?」
「さあ、どうかしら。でも、」

姿形が一切変わらない神様を目の前にして、雄飛さんは『八重は威厳がねえ』とか言ってたけど、そんなことないって思った。改めて考えると、威厳っていうか、そこには例えようのない感情が渦巻く。なんていうんだろう、全てを見透かされているような、怖さと見透かされているからこその期待感、みたいなもの。理解してくれている。オルガンに置いていた手をそっと離した八重さんが、一段一段、階段をゆっくりと降りながら口を開いた。

「四年経って、名前は変わったと思うわ」
「雄飛さんには真逆のこと、言われました」
「へえ。兄貴も見る目ないのね」
「え?」
「女の子。いいえ、『人』って、そんな簡単には変われない。けど、ある日突然変わったりもするものよ」
「残念ながら人じゃないんで」
「いつからそんな卑屈になったのよ、もう」

私はゆっくりと、八重さんが階段を降りるペースを真似するみたいに右手を胸の前に持ってきた。意識すれば、人なんて簡単に傷付けられるくらいに長い爪が伸びる。鼻だって人よりも異常なまでに利いてしまうし、耳も同じ。一番びっくりしたのはアレかな。前に高いところから落ちた時に何もなかったかのように着地出来たこと。ああ、あと。体が丈夫になった。

挙げればキリがない。人でない証拠。

「でもそれは。……受け入れようと思ってます」
「そう」
「これが私なんだって」
「良い事、なのかしらね」
「多分。見つからないのは、自分を受け入れる術とかじゃなくて、」

自分が今、何が出来るだろうってこと。
続きは言わなくてもきっと八重さんには伝わってるだろうな。彼女に背を向けて私は教会の出口を目指して歩き始めた。午前中の日差しはなかなかに暖かくて眠気が襲ってきそうだ。ここで昼寝しては午後からの病院に間に合わない。そう思いながら少し重いと感じる扉に手を掛けた時だった。

「偶然じゃないと思うわ」
「……え?」

突拍子もない八重さんの言葉に私は振り返る。ステンドグラスの光。八重さんを照らして、ああ、またこの人もだ。
眩しくて、強い。

いつか私もこういう人達のようになれるのかな。

「運命、ね。私は信じるわよ」
「何の話ですか……?」
「兄貴はアレで色々気に掛けるタイプだから。あなたが四年前に起こしたこと、……助けたいって思ったんじゃないかしら」
「……それ、って」
「単なる勘だけど。偶然っていう風に装いたくなるタチなのよねぇ、ウチの兄貴」
「……」
「そうまでして助けてもらった命をどう使うかなんて、もう答えは出てるんじゃない?」
「八重さん」
「兄貴も私も、この町の皆も、」
「……はい。私も、この町が好きです」
「そう」

短く切った返事に私はここに来て一番自然に笑えたような気がする。笑い返しながら手を振った八重さんに再び背を向けて私は教会を出た。町を歩いて、その空気を、その雰囲気を味わう。

どう使うなんて、もう答えは出てるんじゃない?

そうです、ね。取り出した携帯を開いて、初めて自分から発信をする相手の名前をアドレス帳から選択した。


address:士夏彦 雄飛
title:こんにちは
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私、分かりました。
これから頑張りますね。


主語と述語があっても目的語がない文章。制作した後に笑いそうになったけれどそのまま送信した。『送信完了しました』の文字を画面上に見届けた後にそのまま私は携帯を閉じる。送った先の相手は一体どういう顔をするだろうか、なんて考えてみたらやっぱりおかしくて仕方がなかった。