×長編 | ナノ



「相変わらず辛気臭ぇ顔してんな」

びっくりした。三年前のあの日を思い出していたせいもあるけれど、いきなり後ろから声を掛けられたことが一番大きい。町を一望出来るこの場所に人が登ることはまずあり得ないと思ってたし(でも、そういえばこないだアオちゃんが登ってたな……)。

「……辛気臭くなんかないです」
「鏡貸してやろーか」

煙が立ち上る。それよりお仕事良いんですか。決まり文句みたいに言い放ったいつもの言葉に彼は余裕、とだけ答えた。少し底の高いブーツをカツンと慣らしながら一歩、また一歩と彼は私の座る場所まで近付いてくる。やめて、もうそれ以上、近付かないで。神様なら、どうか私に構わないで。助けてもらった恩を忘れたつもりはない。けれど、苦しかった。それはきっと私が叶わない思いを、勝手に抱いてしまっているから。

「マリアベルさんは」
「お前いっつもそれ気にするよなあ」
「……だって、いつも一緒じゃないですか」
「お?ヤキモチか?一丁前に大人振りやがって」
「大人はヤキモチなんか妬かないと思います」
「そりゃお前さんの考える大人像だろ」
「大差ないと思います」
「大人はそこまで大人じゃねーよ」

意味深な発言。俯いていた顔を上げればすぐそこまで雄飛さんは近付いていた。片手に持つビール。大人の証。っていうか二百年も生きてるんだったっけ。道理で、

道理で叶わない訳だ。

「分からなくなりました」
「何がだよ?」
「正解をくれない人には話しません」
「誰にも話す気ねえってことだろ」
「……」

分からなくなったこと。それは自分がどうしたいかって、ことだと思う。それで合ってるのかすらも分からない。多分、合ってると、思いたい。雄飛さんへの気持ちとかそういうのも含めて全部、自分がどうしたいのか、どうやって生きていきたいのか。正解はすぐに見つかると思っていたのに、思いのほか難しくて余裕なんか生まれるわけもなくて、気が付けば三年が経過してた。

「覚えてるか?」
「なんですか」
「お前、明日でこの町に来て四年が経つってこと」
「……あ」
「今思い出したって顔だな」
「……はは、そうなんですよねえ」
「あ?」
「そういう、ちょっとしたことも忘れてしまうくらい、私には余裕がない。のかも」

明日の夜で四年が経つんだ。自分にとって伏目の日だっていうのにこんな暗い気持ちで臨んでいいのだろうか。よくないってことは分かってるけど具体的な解決策は思い浮かばない。自分がどうしたいのか。そんなことにそもそも正解ってあるのだろうか。

「正解はな、自分で探し出すもんだぜ」
「知ってます。四年前の明日に雄飛さんからそう言われました」
「けどな」

煙が、風に乗って私の鼻を擽る。膝を抱えていた私はその慣れきってしまった匂いが、心地良いと思うところまで来てしまっている。煙草の匂い、仕草、意地悪い笑み。全部、全部、心地良い。

「ヒントならくれてやれるんだぜ」
「……っ」
「まあ、頼りたくねぇってんなら別だけどな」
「酷い。甘えんなって言ったくせに」
「俺がか?いつの話だよ」
「三年前」
「ありゃ時効だ時効」
「何のですか」
「じゃあ日頃じゅりの仕事を手伝って、がむしゃらに生きる意味探して、頑張ってんだろ。そのご褒美だと思え」
「勝手……」
「ああ、神様ってのは勝手な存在だぜ。人間以上に」

スッと、グローブを嵌めた手がこちらに伸びてくる。頬を引っ張られると同時にまた一つ、強い風が吹いた。雄飛さんの纏うコートが、それになびく。

「雄飛さん、?」
「だから……勝手に救いたくなったり陥れたりしたくなんだよ」
「……」
「特に気に入ってる奴にはな」
「え、な!?」

気に入ってる奴、って!?一気に上昇した顔の温度。爆発でもするんじゃないかと疑いたくなるほど熱くなったそれを見てまた彼が意地悪く笑った。どういう意味ですか!叫びたかったのに声が上手く出ない。言葉にならない叫びってこういうことなのかな。なんて呑気に客観視していると、目の前に雄飛さんの顔が迫っていた。直視出来ないし、拒め、ない。

「ゆ、ひさん」
「くっくっく、冗談だよ。言ったろ?陥れたりしたくなる、って」

頬に宛がわれた手が、静かに離れる。心地良かったから、本当はもっとずっとそうしてて欲しかった。なんて言えないけど。やがて立ち上がった彼はビールを一気に喉に流し入れると私に背を向けて姿を消した。けど去り際に私の敏感な耳は、その声を捉える。風が優しく吹いたかと思うと、頬に横髪が当たりそのくすぐったさに私は微笑んだ。まるで、

『ま、頑張れ』



(まるで雄飛さんに頬を撫でられているみたい)