×長編 | ナノ



十字の描かれた鞄を肩から掛けて、私は自分の師匠とも言える女性の後を追った。まだまだ分からないことばかりだからこうして私は経験を積むことに恐怖や遠慮をしない。それが悪い結果になろうとも、いつかプラスに変わるって信じてる。

「じゅりさん、病院にもういくつか薬品のストックないですよ」
「え。そうだっけ?」
「はい、こないだ在庫確認したんで」
「う〜ん……じゃあ往診終わったら買い出し行こうか」
「はーい」

二人肩を並べて歩きながら会話をする。街は今日も暖かくて、すれ違い様に私達に声を掛けてくれる人は少なくなかった。その度に私は嬉しくなる。人と関わりを持つことの嬉しさ。桜新町はそれを私に教えてくれた。

「後は秋ちんのとこだけだね」
「……最近調子悪いんですか?秋名くん」

アオちゃんやヒメちゃんからはそんな話はなかった。けれど最近頻繁にじゅりさんが秋名くんの所へ往診に行くようになったためか私は微かな不安を心に抱く。じゅりさんは少し眉を釣り上げて何か考えことをしながらそうだねぇなんていつもの調子で言い放った。

「調律するとズレが生じるから。秋ちんしかお役目はいない訳だし。念には念をって感じかな」
「ズレ……」
「そこまで真剣に考えなくとも大丈夫よ。秋ちんは」
「はい、知ってます」

私の返答に、ん、とじゅりさんはその綺麗な顔を笑みで埋め尽くした。さすが芸能活動やってるだけあるなぁ。綺麗、こういう人がモテるんだろうな。溜息をこぼしそうになった。桜新町にいる人って、……まぁ妖怪云々は置いといて。みんな綺麗だよなぁ。……何を考えてるんだろ。アホらし。後頭部に自らチョップのツッコミを入れる。びっくりしてどうしたの?なんて聞いてきたじゅりさんには笑って誤魔化した。卑屈すぎる。

「そういえば名前」
「はい?」
「こないだ隣町に行って応急の講座受けてきたんでしょ?どうだった?」

雄飛さんに会いに行った日、だ。

講座とか以前にそれしか思い出せない辺り私も相当重症だ。苦笑を浮かべながら当たり障りのない答えを返す。「有意義、でしたよ」。それに対してじゅりさんはさすが大人というか何というか。お見通しみたいだ。「嘘だぁ」。私の答えを一蹴する。

「下唇に手をやりながら話す」
「はい?」
「名前が嘘付く時の、癖」
「……それ本当ですか?」
「自分でも気付いてなかった?」

呆然とする私にじゅりさんはあっけらかんとした表情でそう言い放ち、やがて比泉生活相談所と書かれた建物の扉の方へ小走りに行ってしまった。下唇に手、そういえば言われてみると何となくそんなことしてるような気がする。



(分かりやすいなぁ、私)