×長編 | ナノ


トールライトホットラテー!店員さんが私のオーダーした品目を元気良くリピートした。その声に温かみの感情が渦巻く。いつものカフェで、いつもとは違った品物をオーダーしたことに深い意味はなかった。ワンコインを差し出してすぐさま返って来たお釣りを受け取り財布にしまいながら、品物が出てくる赤いランプ下へと向かう。そこから見えた外の世界はここと、国が違うのではないかと疑いたくなるほどの強い風が吹いていた。別に寒いわけでもないし店内はしっかりと暖房が効いているにも関わらず、その寒さを想像したためか首筋が少しひんやりする。外していたマフラーを再度首元に巻けば寒気は段々とマシになった、ような気がした。

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約束と言ってもあちらの一方的なものではあるけれど、とにかくその時間まであと10分ほど猶予があったため寒さの下にいるよりは、と私はカフェへと足を向けていた。ぬるめにお願いしますと頼んだラテはそれでも極度の猫舌の私には熱いくらい。カップに付属されているプラスチック製の蓋を開けて、少しでも冷めるようにとそれに口付ける。少しずつしか飲めそうにないなぁ。間に合うかなぁ。そんなことを考えていたときだった。

「あ、」

外の世界に通じる扉が開け放たれる。こんばんはー、という店員さんの声に迎えられて入って来た顔は、見知った彼のものだった。

「やっぱり」
「や、やっぱり?」
「ここにいた」
「行動パターン分かりやすい?」
「勘……だけど」

うわぁ。
なんかこういうの、ちょっと嬉しいかも。ラテを飲んだことで暖まっていた体温が別の要因によって更に上昇する。見透かされた相手が暁くんだからかな。とにかく把握されてる私の行動はワンパターンなだけかもしれないけど、言い表せない感情が全身を覆った。大好きな人が、私の行動を覚えてくれている。幸せなことだと、思う。

「よく分かったねぇ」
「だって駅って言ったら絶対名前さんはここにいるだろうと思って」
「寒いの苦手だし?」
「そう」
「嬉しいな〜」
「え?」
「ううーん、何でもない。何か飲む?」

言いながら、カップに口付ける。一番上に乗っていたホイップクリームの甘さとラテのほろ苦さが丁度良い味を引き出していて思わず笑みをこぼしてしまった。いや、要らないや。そんな答えが返ってきたため少し急ぐようにしてまた一口、飲む。多分彼は待ってくれるだろうけどあんまり気を遣わせるのも忍びないのでバレない程度に私は飲むスピードを上げた。二人掛けの椅子の空いているところに座った彼が手持ち無沙汰に辺りを見回している。学校から直行したのか、彼が纏っていたのはいつもの見慣れた制服だった。そういえば中学校の時は学ランだったって聞いたけど、と盗み見するみたいに彼の全身に視線を動かせる。自分の視線の移動を、忙しないなぁなんて思いながらも。

「どうしたの……?」

うん。学ランもいいいけどやっぱり見慣れた青道のブレザーのほうが彼らしいような気がする。何よりもつい去年まで自分も着ていた制服だからだろうか、変な親近感と安堵感がそこにはあった。彼は知らない人じゃなくて、ちゃんと、接点があるんだ。

「……は、あ」
「?」
「何考えてんのかな、私」
「え、知らない」
「それもそっか」
「……うん」

相変わらず店内をぐるりと見ていた彼に、私はまた笑った。ああ、こういうところ苦手なんだっけ。カフェ内の席という席は学校帰りの学生や休憩中のサラリーマン、談笑中の主婦など、とにかく沢山の人で埋め尽くされていた。事実この席に私が座るのも少し待たなければいけなかったくらいだ。繁盛してるなあ、なんて忙しそうに働く店員さんを見ながら、私はようやく残り少なくなったラテを、テーブルの上に小休止とでも言わんばかりに置いた。

「で、さ」
「うん」
「どこ行くの?」
「買出し」
「へ?」

素っ頓狂な声を上げた私の反応に予想していなかったのか彼が意外にも驚いてこちらを見た。いや、だって今日呼び出された理由も言われてなくて、教えられた時になっていきなり買出しだなんて。こっちとしても予想外な答えだったわけで。

「一応聞くけど、何の?」
「部活の」
「っあー」
「何」

『あいつが一人で明日買出しに行くらしいですよ』
ヒントは散りばめられていたんだ。

「なるほどー」
「意味わかんない……」
「えーとだ、だから、買出しで。だから部活も抜け出せたわけで。なるほど、買出しかぁ、って意味」
「ああ、」
「珍しいことだらけだ」
「そう?」
「そう。しかも一人だなんて。よく監督さんとか許してくれたね」
「自分のものがほとんどだから……」
「よっし、じゃあそうと決まれば早速行こー」

残量のないカップを手に私が立ち上がるとそれに釣られた形で彼も立ち上がる。側を通りかかった店員さんがさり気無く私のカップを回収するために手と、お預かりしますという言葉を差し出してくれたので好意に甘えておこう。自由になった片手がすぐさま忙しそうに大学のファイルを持った。と、そこで思いも寄らぬ形で私の手は再び自由になった。

「あ、も、持たなくていいよ」
「重いでしょ」
「でも買出しとかの分もあるだろうし」
「そんな大きいもの買うつもりはないから」
「何買うの?」
「アンダーシャツとか、消しゴム。それから、」
「それから?」
「……ツメのコーティングに使う奴とか」
「へぇ」
「買いづらい、から」
「そうなの?」
「名前さんに協力してもらおうと、思って」

そうなんだ。
寒さが身を包む、そういう心構えというか予想と受け入れ態勢をしっかりと心に決めて、カフェの扉を開ける。ありがとうございましたーという言葉に見送られながら踏み出した外の世界は、予想していた以上に冷え込んでいた。

「さ、むー」
「そう?」
「ブレザーにマフラーだけでよく平気だよね」
「うん、まぁ、平気」
「さすが道産子だなぁ。私去年の今頃……ピーコート着てた」
「へぇ。……見たかったな」
「え、ピーコートを?たまに着てるよ?」
「違うよ。名前さんの制服姿。可愛かっただろうな」

……黙らされた、気はした。
だからどうしてこう、彼は想定していない言葉を私にくれるんだか。寒かったはずなのにすっかり火照ってしまった顔が熱い。どうしたの、なんて君のせいだろう!と叫びたくなる質問を投げかけながら、私の手を静かに取る彼の顔を思いっ切り睨んでやった。上手く言葉に言い表すことが出来なかった結果だ。毛糸の手袋越しに伝わる暁くんの掌の大きさ、温度。そのどちらもが私の心をくすぐって仕方がない。マフラーに口元を埋めて精一杯赤いであろう顔を隠しながら人と人の間を縫って歩く私を、彼は無言で先導してくれていた。

道覚えてるんだなぁ。
少しずつ彼がこの街に染められていくのを感じながら、私は一段と強く吹いた風に身体を縮ませた。