×長編 | ナノ



本当、どこで間違えたんだろうね、と名前は無邪気に笑った。
こんな名前を見る日が再び来るなんて想像付かなくて、これで良かったのかってたまに不安になることもある。
けれどその度に名前が俺の気持ちを読み取ったかのように、口に出すんだ。
大丈夫、って。

「うわーこんなインタビュー受けてたんだ、御幸」
「おぉ、こないだな」
「『彼女はいる?』『(苦笑)……いねーっスよ』……って何これ!わたしいるじゃん!何これ、酷い!」
「違ぇよ、それ、こないだの……別れた直後くらいの、」

自分でやっておきながら別れた、という単語に何となく気まずさを覚えて徐々に小声になってしまった。
名前には聞こえていたようだけどすぐに何か考え込んでしまって、室内は沈黙に包まれてしまった。
やがて、少し口篭りながらも彼女が言葉を続ける。

「……御幸、さ」
「ん?」
「もしかしてわたしのために別れるって、言ったとかじゃないよね?」
「んー……」
「ないよね?自意識過剰でいいんだよね、これ!そんなことあるわけな」
「半分アタリ」

遮るようにして、俺は軽快に答える。
その言葉に名前は俺を直視したまま、動かない。
固まった。
ていうか瞬きしてねぇけど大丈夫?
雑誌を持っていた手の片方を名前の顔の前でヒラヒラと振ってやるとはっと我に戻ったのか漸く身体を動かせた。
その一連の動作に思わず笑ってしまう。
笑うな、と怒気の含んだ声が聞こえても俺の笑いはなかなか落ち着かない。

漸く落ち着いたなぁと思った頃には拗ねた名前の顔が待ち受けていたもんだから困ったものだ。

「……なぁ」
「何よ」
「怒ってんの?」
「怒ってる」
「名前さ、」
「だから何」
「俺のどこが好きなの」

はぁ?って聞こえた。
それに俺ははあ、って返す。
何か不思議な会話だけど気にしねぇ。
あんぐりと口を開けている名前は、やがてやれやれと言った雰囲気で言葉を発した。

「御幸以外なんて考えたくないもん」
「……」
「どこが好きって言われても抽象的なことしか言えない。けど、御幸以外の人と付き合うなんて考えらんないから」

あーあ。
どこまで俺を本気にさせたら気が済むの、この子。

そんなこと言われたすげー嬉しくて泣きそうじゃん。
先日涙を零しながら言ってくれた告白もすげぇ泣きそうで、でも我慢したって言うのに、こんな些細なことで泣きそうってやばいよ俺。

「名前」
「うん?」
「ありがと」
「うん」
「好き」
「……うっ、ん」
「はっはっは、声ひっくり返ってる」
「うるさい!」

ソファにあったお気に入りだと言っていた名前のクッションがこちらに投げられる。
俺はそれを難なく交わし、また笑う。
顔を真っ赤に染めた名前がそれでも懲りずにクッションやらぬいぐるみやらを掴んでは投げて来るもんだから俺は名前の座るソファとは正反対の方へベッドから降りた。
と、床に着けた足が何かにぶつかった。
屈んでそれを拾うと、名前が好きだと言っていた英語のノートだと気付く。

得意ならこんなとこ置いてんなよ、と言いたくなるのを堪えて俺はそのノートを開いた。

「ん、何見てんの御幸……って、あー!それ見つかんなかったノート!」
「ベッドの下に落ちてたぜ……、って、」
「え?」
「これ」

何気なく開いたページ。
いつだったか、俺から席の近かった名前と始めた筆談の、一つだった。
けれど、どうしてだろうな。

「こ、れ……」

何だか、特別な会話に見えるんだよ。



『未来って、どんなのかなぁ?』
『さぁな』
『御幸は興味ないの?十年後の自分がどうなってんだろう、とかさ』
『あんまりー。分かんねぇもん想像したってなぁ』
『男のくせにロマンがない!』
『じゃあ一個だけ想像する』
『え、何?どういうの?』

『俺とお前はきっと十年後も一緒のはず』



「……」
「十年後はどうか分かんねぇけど」
「うん」
「今から未来だけ見てても意味ねぇって思えるようになったし」
「……うん」
「けど、俺は、出来る限りこれからもお前の傍にいたいって思ってるから」

うん、って小さく頷いた名前の柔らかい髪を撫でる。
ノートをしみじみと見つめるその大きな瞳にもう涙はない。

これで良かったのか、とかは分かんねぇ。
けど、今の名前は穏やかで、時に照れて、そして笑ってる。
そんで俺はそれを見てる瞬間瞬間がすっげぇ幸せなわけで。

結局自分たちが選んだ選択肢が間違ってるとか正解とかそういうものは考えないことにした。
ほら、国語の先生も言ってただろ。
正解は一つじゃない。


それだけのことだ。