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「お前、バカ」

あれ、この台詞こないだも誰かに言ったな。
考えてからあぁ、と溜息付いた。
男の方だ。
やれやれと呆れたような顔をしたくなった俺の隣で肘をぶつけてそれを阻止してきたマミを睨む。
空気読め、と言いたげな視線が返ってきた。
思わず頬を爪で軽く引っ掻く。
明らかに落ち込んだ雰囲気の名前が、食も進まないのか一口も口付けてねぇ弁当を広げたまま、放心状態になっていた。

「言い過ぎたかな……」
「や、言いたくなるのは分かるよ。でも付き合ってるか分かんないのにそれは早過ぎたかも、ね」
「やっぱり……?」

あーあ。
やっぱりややこしいことになったじゃねぇか。
バカ御幸の奴が一番空気読めよと今は教室にいない男に蹴り入れたくなった。
何あいつ、名前に誤解してもらいたかったの?
何ではっきり撤回しなかったんだよ、と居る訳もない奴に言いたいことは山ほどあった。

肝心の御幸はどっか行っちまってるし。
訳わかんねぇな。

「本当に彼女っぽかったの?」
「……二人っきりだったし」
「つーか、」
「二人っきりだからって彼女とは限らないでしょー」
「そうかな……」
「おい話聞け」
「名前だって付き合ってない前川君と帰ったりするじゃない」
「それはそうだけ」
「だーかーらー話、聞けっつーの!」

俺を完璧に無視して話をし続ける女二人に一喝するとマミが何よ、と睨みを利かせた目でこっちを見てきた。
そんな目すっと迫力あんだよ、そこいらの男よりも。
実は女じゃねーんじゃねぇの?なんて言いたくなるのを我慢し、俺は名前の顔を伺う。
不安げな表情が、こちらを見ていた。

「副部長」
「え、?」
「あの日は御幸、副部長と一緒に偵察行ったんだよ、電車で」
「でも一緒に居たのは綺麗な女のひ」
「それが副部長だっつってんの」

名前の瞳孔が、確実に開いた。
お前誤解してんだよ。
続けざまに言ったことで名前はやっとのことで持っていた箸をぽろりと落とした。
プラスチック製だからか、それは意外にも響いてしまって。
何人か近くの席の奴が何事かとこちらを振り返ったが直ぐに談笑に戻った。

「なん、で?」
「御幸が何ではっきり否定しなかったかは分かんねぇけど」
「……」
「……お前に早く、忘れて欲しかったんじゃねぇの」
「え?」
「あいつにもし相手がいたら、お前は無理にでも納得するだろ?」

だからだよ。

言い返す言葉が見当たらないらしく、名前は俯いてしまった。
マミが心配そうにその肩に触れる。

「ねぇ倉持」
「……んだよ」
「謝りたい」
「あぁ?」
「わたし、言い過ぎたこと謝り、たい……。あいつ、口訊いてくれるかな……」

あいつ。
もう御幸ってすら呼ばないんだな。
何だか虚無感が突如襲いかかって来たみてーで気を紛らわすために俺は席を立った。
後は女同士で話したいとかもあるだろ。
見上げて来た、悲しげな瞳に俺はどうすることも出来ず素っ気ない返事だけを返してしまった。

「さぁ」

それはお前とあいつ次第だろ。