×長編 | ナノ



瞳を大きく揺らして、名前はやっとと言った様子で俺を見た。

名前の机に広げられた白黒のポスターに視線を集中させながら、俺は心の中に広がりつつある不快感に顔をしかめた。

怯えた顔するくらいなら、んなこと言うなよ。
どうせ、

ポスターに描かれた二つの手。
どうせ片方はあいつなんだろ。

はっきりと明言された訳でもないある意味被害妄想な考えを浮かべながら、俺は一歩、名前の席へと近付いた。

「……っ」

あからさまにビクついた風に肩を震わせて、それが更に俺をムカつかせる要因になるって分かってる?

「……苗字さぁ」
「っ……!」

お前が、言ったんだよ。
名前を呼ばないでって。
なのに何なの?
俺が苗字って呼ぶ度に傷付いたって顔すんの。

俺が気付かないとでも思ってたわけ。

やがて、名前は顔を背けて、俺から視線を外した。
日が入り込む薄暗い教室の中でその異変に気付かない訳がない。
うっすらと名前の瞳に多い始めた涙。

俺の中の何かが、音を立てて崩れていった。

「……な、よ」
「え、?」
「お前には関係ねーっつってんの」
「み、ゆき」
「俺が誰と付き合っていようがいまいが関係ないだろ」
「……」
「ほっとけよ」

俺と話すと辛いんだろ?

どれ程皮肉に聞こえただろうか。
けどもうだめだ。

俺のせいで名前が泣くのが、俺には辛ぇ。

「……ごめ、ん」
「謝るくらいなら最初から言うんじゃねぇよ」
「御幸、もう」
「……」
「もう友達に戻ることも無理なのかな、わたし達」

いくら言葉で上塗りしても隠しきれない。
心が嘘をついていくこと。
なぁ、名前。

『泣くなよ』

最後まで言えなかった精一杯の本音。
何で。

何で俺のために泣いてんだよ。

噛み締めた唇が乾燥していたのか、切れているみたいだ。
口の中に広がる血の味が、名前が出し過ぎた赤色の絵の具に反応するかのようにその味を、俺の味覚に伝えていた。

頬を伝う手さえ、あのポスターみたいに差し出すことすら出来ない。

「……そうかも、な」

それは俺の役目じゃねぇから。