×長編 | ナノ



ふ、と改札を抜ける前に、顔を上げた。
電車の到着時刻を確かめたわけじゃない。
視線を感じたためだ。
切符を購入して、先に改札を抜けようとした礼ちゃんが不審そうにこちらを振り向く。

「どうしたの、御幸君」
「ん、いや……」

辺りを見回してもし知り合いらしき人物はいない。
気のせいか。
そう自分を納得させて、俺は礼ちゃんの後に続き改札を潜り抜けた。

「最近上の空みたいね」

何となく予想は着いた。
偵察に俺を連れて行くことなんて滅多にねーから何か他に理由あるんだろうなって。
けどまさか礼ちゃんにもバレてたなんてな、と自嘲を含めた笑いを零しては、ホームに響く放送をぼんやりとした気持ちで聞いていた。

「何が原因か知らないけど」
「そんなに最近の俺、おかしい?」
「ええ、他の子達も心配してるわ」
「嘘、まじで?」
「いつもと同じように装うとすると逆に目立つのよ」
「……」

厳しい指導者の目をした礼ちゃんが溜息混じりに続ける。

「野球に、」

いーよ、言わなくて。
咄嗟に両耳を塞ぎたくなった。

その先は分かってっから。

「野球に支障が出るなら」
「礼ちゃん」
「……」
「分かってる」
「御幸君?」
「分かってるよ」

どこかで聞いたことのあるような音楽が流れて、ホームに快速急行の電車が滑り込んできた。
湧き上がる風は五月にしては生ぬるくて、気分が悪くなりそうだ。

あいつは結構泣き虫だからな。
俺の前でさっきは泣こうとしなかったけど、
きっと今頃誰かの慰めを受けているんだろう。
そういう相手がもう、居るんだ。

「だよなー」
「え……?」
「そろそろ前、向かねぇとな」

あいつはもうちゃんと、歩き始めているんだろ?

車掌の案内が車内に響き渡って、乗り込んだ電車のドアが閉まる。
ガラス越しに見えた風景のぼんやりさに手を当てながら、俺は、せめてこれから行く野球部の偵察に集中しようと、目を閉じた。