×長編 | ナノ



「友達?」

え、と小さく反応した。
頭の中には、御幸に最後に言われた言葉がまだ過ぎっていたから最初何のことを言っているのか分からなくて。
誰が、と聞いた答えに出た固有名詞。
倉持って奴。
その言葉に、ああ、と納得した声が自然に零れ出た。

「友達だよ、大事な」
「ふーん……」
「どうしたの?」
「いや、随分仲良さそうだから付き合ってたりすんのかなと思っただけ」
「まさか」

そうだな、相手が倉持だったらまだ御幸以上に苦労しないかも。
一人納得すると同時に笑いが起きた。
倉持と付き合ってる自分なんて想像出来ないや。

「……あはは」

御幸とは、簡単に想像出来るのにね。

「どうしたの?」
「んー、何でもない。ちょっと考え事」
「そう。……あのさ、苗字」
「ん?」
「その倉持が言ってたあのバカって、もしかして御幸一也?」

いきなり後頭部を殴り付けられるような衝撃が、走った。
喉が詰まりそうになって、慌てて自分が今呼吸しているか確かめて。
それから一樹君の顔を見上げた。
真剣な、顔。

知ってたんだ、御幸のこと。

「ごめん」
「え、何で謝るの?」
「付き合ってたことも、最近別れたことも、知ってたんだ」
「……え」
「チャンスだって思った」
「……」

まるであの日、告白したときみたいな真剣な口調。
彼の言葉は、時々わたしを身動き取れなくさせてしまう力がある。
瞳の光も同様。
誰かさんに本当、似てる。

「俺言ったよね?諦めるつもりないって」
「……うん」
「御幸一也のこと忘れられるまで、待ってるつもりだから」
「一樹く、」
「待ってるから」

どうして、こんなに優しいんだろう。
今のわたしがまだ御幸のこと完全に忘れられてないって知ってる上で待ってるなんて。
一樹君だって、知ってるはずなのに。

一方的な恋が、とても辛いこと。

ありがとうなんて言えなかった。
どう答えたら良いか分からなくて、彷徨わせた視線が、それを捉えると同時にわたしははっきりと言葉をなくしてしまった。

呼吸が止まりそうになったのは、何度目だろうか。

「苗字?どうした?」

視線が一点に集中する。
駅構内が人でごった返す夕暮れ時。
どうして、見つけてしまったんだろう。

(御幸、と……誰、?)

今も忘れられずにいる存在と、嘗てわたしの場所であった彼の隣。
見たこともない年上の女性が、そこに居た。

部活は、とか、ここで何してるの、とか。
たくさんの疑問はやがて収束されて一つに絞られる。

ねぇ、御幸。
隣の女の人、誰なの?



歩くのを止めてしまったわたしを心配そうに呼ぶ一樹君の声と、
乗る予定にしていた電車の到着を告げる放送が、わたしの意識から離れた所で、いつまでも響き渡っていた。