×長編 | ナノ



こちらに向かって歩いてきている女が名前だと気付くのにそう時間は要らなかった。
名前の隣にいる男が、前川だってこともすぐに気付いて、違和感を覚える。
名前の隣にいる男は後にも先にも御幸だけだろって概念が、まだ抜け切ってねーんだな。

漸く自分の向かっている方向に俺がいると名前は気付いたようだ。
けど、逆光に抵抗するように少し細くした目が、微かに赤みを帯びていたこと。

……なんかあったな。
そう思うには、充分過ぎる光景だった。

「倉持じゃん」
「よー。お前さっきマミとグラウンドにいたじゃねーか。どうしたんだよ?」
「ん、……先帰るってマミには連絡しといたから」

返答に詰まるあたり、やっぱりなんかあったな。
考える必要もねぇ。
理由は、一つだ。

「あのバカと何かあったのか?」
「あのバカ……?」

名前の隣を陣取っていた前川の奴がいきなり会話に入ってくるもんだから、調子が狂う。
名前も名前で前川にフォロー入れることも俺に返事を返す事もなく、俯いたまま。
溜息が零れ落ちそうになって、俺は前川を半ば睨むように見た。

入ってくんなよ、ややこしくなんだろーが。
口には出さずとも雰囲気で伝わったのか、前川がたじろいだような表情を見せた。

「……お前には関係ねーよ」
「ちょ、倉持」
「……あーもういいわ。何、二人で帰んの?」

そういやこいつ、名前のこと好きなんだっけ。
半ば強引に打ち切った話題に対して、前川はまだ何か言いたげな顔をしていたが、それは放っておいた。
ややこしいことになるのだけは勘弁したかった。
第三者だし、俺。

「うん、駅まで」
「あそ。気を付けて帰れよ」

色んな意味で、と含んだ言い方にこいつは気付いただろうか。

「うん。……倉持も部活頑張って」
「おう」

じゃあね、と力なく笑った名前を促すようにして前川がその手を取って挨拶もなく俺の横を通り過ぎた。
おいおい、失礼な奴だな。
苦笑を零すも、小さく手を振った名前に俺は軽く手を上げるだけにした。
あからさまな嫉妬とか、滲み出てる独占欲とか、それを隠す為に浮かべる笑みとか、

あいつってもしかして、そういう男に弱い?

一人そんなことを考えながら、グラウンドに戻る。
前川と多くの共通点が垣間見れるその男がどこにもいないことを不審に思った俺は近くをたまたま通り過ぎた哲さんを呼び止めた。

「哲さん、御幸どこにもいねーんスけど。どっか行ったんですか?」
「御幸なら偵察に行くために駅に向かったぞ」
「え……」
「副部長と一緒にな」

え、それ、まずいんじゃねぇの?

当事者でもないくせに、嫌な汗が伝った。
副部長の顔、名前は知らねぇはず。

「どうした?倉持」
「や、何でも、ねーっス」

ここから見えるわけでもないのに、駅の方角に顔を向けた。
時間差はかなりありそうだから会う可能性は少ねぇとは思うけど、何故だか嫌な予感がする。



面倒なことになんなきゃいーんだけどよ。


一人誰に言うでもなく呟いた言葉に呼応するかのように、遠くの空が、唸り始めた。