×長編 | ナノ



わたしは今、すごく久しぶりに野球部が活動するグラウンドに足を運んでいる。
隣を歩くマミが道中で何度も何度も「大丈夫?」と聞くもんだから、何だか逆に笑えて来てしまった。

大丈夫、大丈夫。

もう何度同じ台詞を言った事だろう。
大丈夫だよ、きっと。
自信はないけどね。

「要はブルペン見なきゃ良いわけだし」
「でも、あいつよくブルペン以外にもいるよ?」
「大丈夫、その時はその時だって」
「本当かなー……」
「マミは心配し過ぎなの。野球見たかったし、それに……」
「それに?」
「嫌いになりたくないもん、野球」
「名前、」

自分の気持ちを素直に言葉にする。
ここの所全く見ていなかった野球は、あいつを直接思い出させるものばっかりで、
確かに自分自身を落ち込ませるものにしかならないのかもしれない。

けど、わたしは野球が好き。
結果的にもし、野球から疎遠になってしまったときにそれを御幸のせいだ、なんて言いたくないから。

野球部グラウンドには相変わらず人がいっぱいだった。
外部の人も少なくない。
それに負けず劣らず多い部員数の野球部はもうアップを済ませたみたいで、各自ポジションごとに練習に励んでいた。

「あ、倉持発見」
「マミ、素早い」
「前園君もいたよ」
「なんか本当久しぶりだなぁ」

白いボールをひたすら追いかけては、軽快にステップを踏み、綺麗な軌跡を描いて投げ放たれる。
ノックやフリーバッティングをしている風景に思わず笑みが零れてしまった。
それに漸く安堵したのか隣で見学するマミも同じように、笑った。

そんなことも、束の間。

「苗字」

グラウンドに姿が見えなかったこと、心のどっかで安心してたのに。
マミが、え、とまるでわたしの気持ちを代弁するように小さく言葉を零した。

聞き慣れてしまっていた声。
その声はわたしの名前でなく、苗字を呼んだ。

初対面から今まで、一度も呼んだことなかった癖に。
それがこの間の自分の言葉によるものだとは分かっていても、そこに皮肉さを感じられずにはいられなかった。
ゆっくりと、振り返る。

「ちょっと良いか?」

さも何も感じていない、と言ったいつもの余裕のある笑みが、
今までは平気だったのに。
何か、……やだな。

再び心配そうな表情を浮かべたマミにわたしはまた笑いかけた。
もういつしか癖になってしまったと言って良い言葉を返しながら。

「大丈夫だよ」

説得力は、ない。