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「好き、なんだ」

あいつの声以外で、初めて聞いた。
好き、っていう言葉。
妙な違和感を含めて、ゆっくりと顔を上げる。
神妙な顔つきで対面する男の子に、わたしはどういう顔したらいいのか分からなくなって、曖昧に笑った。

「ずっと前から気になってて」
「え、えーと」
「同じ委員会になれて、確信したんだ」

そんな確信されても、と男の子を見やる。
悪いけどわたし、君の名前も覚えてないんですけどと言いたかったけどさすがに止めておいた。
ポスターを保健室に提出した後いま目の前にいる男の子に呼び止められて、今に至るわけなんだけど。
こんなキチンとした告白されたのなんて初めてだから、戸惑う事しか出来なかった。

そういえば御幸とはどうやって付き合うことになったっけ。

思い出そうと記憶を辿るも、男の子が再び声を上げたのでそれも遮られた。

「苗字さんが、好きだ」

これほど、目を見つめられて真っ直ぐな言葉を掛けられた事も、初めてかもしれない。

「ええと、その」
「だめ、?」
「だめと言いますか、わたし、貴方のことよく分からないしだから」
「……」
「いきなり言われても無理で」
「分かった!」

わたしが否定の返事を言い終わらないうちに彼はそれを遮って一人納得したかのような言葉を言い放った。
それが予想外に大きく、無意識に肩が上下してしまったわたしの様子を見て、彼はああ、ごめん、と人懐っこい笑顔を見せた。

誰かに似た、笑い方だ。

「そうだよなーそうだよ。苗字さんと俺ほぼ初対面だもんな」
「え、うん。そう。だから」
「これから仲良くなればいいんだよな!」
「……はい?」

どうしてそんな結論に至るのか。
きっと今のわたしの頭の上にはたくさんハテナが浮かんでいるだろうな。
親しみの持ちやすい笑みを浮かべたまま、彼は自分の頬を掻きながら小さく前川、と言った。

「え?」
「俺の名前」
「前川くん……」
「そ。前川、一樹」
「……かず、き、くん」

何なんだろう。
この一文字違いは、何かの嫌がらせのようなものなんだろうか。
まえかわ、かずき、と心の中で一度だけ復習してみた。
かず、き。

わたし『かず』が付く名前に呪われてんのかな。
差し出された手を不思議に思いながら、そんなことを考える。

「まずは友達として。よろしく」
「え、ええ?」
「けど俺、諦める気ないから」

にっこりと男の子なのに、可愛いって思ってしまうような笑い方だ。
無邪気でどこか幼い雰囲気を持ってるのに、言葉の選び方や対応は手馴れた大人みたいな印象。

どうしてこうも、被るんだろう。

「……うん」

差し出された手に自分の右手を重ねながら、かずと言えば、わたし、数学も苦手だったな、なんてどうでもいいことを考えていた。

もしかしたら、これは前を向いて歩き出すきっかけになのかもしれない。
いつまでも後ろを向いていちゃいけないって、
例え御幸がまだ好きだとしても諦めろって、

……そういうことなのかな。