×長編 | ナノ
寮の部屋から出た所で御幸に出くわした。 多分、偶然じゃない。 それだけは感じ取れた。
「お前バカだろ」 「わーってるよ」
開口一番に出た言葉はそれだけだった。 明らかにバカだ。 なのに目の前のこいつは飄々と自分の非を求めてて、何か、どっか間違って尊敬しちまいそうだ。
御幸から今日起きたことの一部始終、って言ってもこいつのことだからな、どっか肝心なことは省いてんだろうけどよ。 とにかくそれを聞き終わった後で俺は盛大な溜息を吐いた。
もう一回言う。 明らかにバカだ。 勿論目の前にいるこいつも、 あいつも、だ。
「なぁ」 「……んだよ」
溜息混じりに答えんなよ。 聞く気逸れんだろーが。 とは言うものの御幸の返答云々関係なしに何となく聞くのを躊躇いそうになる。 聞くべきだろうが、いま聞いていいものか。 ……めんどくせぇな。
「何で別れたんだよ」 「あ?言ってなかったっけ」 「聞いてねぇよ」 「それ普通別れたばっかの奴に聞くかぁ?」 「あーうぜぇ。言いたくねぇなら言いたくねーって言えよ」 「誰も言ってねぇだろ」
いつもみたいに笑いやがる癖に、それが妙な違和感を持たせるのはきっとこいつが今柄にもなく落ち込んでるって先入観のせいだ。 ぜってーそうだ。 じゃなかったら普通、性格悪ィだのムカつくだの、それだけしか感じねぇのに。
変な居心地の悪さを、覚えた。
「……なぁ倉持」 「んだよ」 「夢から醒めるみたいな感覚なんだよ」 「はぁ?」
素っ頓狂な俺の声にも笑うことなく、奴はさっき自販機で買ったジュースを一口飲んだ後、遠くを見るような目で続けた。
「今は良いって自分に言い聞かせても、どうにもなんねぇことだってある」 「……俺には分かんねーよ」 「はっ、だろうな。俺も柄じゃねぇとは思ってんよ。……だけど」 「あ?」 「相手があいつだと、そうも行かねぇ」 「……」 「慎重になりすぎる程、あいつが好きなの」 「なら、」 「不安にさせるくらいなら、突き放した方が良い」 「あいつのためか……?」 「さぁ。結局、俺は自分勝手なんだろーよ」
飲み干したパックをゴミ箱に投げ入れながら御幸はそんな自分に失望したのか、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。 思わず舌打ちが鳴る。
不器用って言った亮さんの言葉に今、心底首を縦に振りたい気分だった。
「……そーかよ」 「悪ぃな、話付き合わせて」 「別に。ただ、一個だけ忠告しといてやるよ」 「何だよ」 「そんなこと言ってっと、本当に逃すぞ」 「……どういうことだよ」
やっぱし気付いてねぇか。 後頭部を掻きながら俺は最近の名前の様子を思い出してた。 名前の様子っつーか、環境みてぇなもんだな。 クラスの奴も話題にしていたこと。 御幸に伝えるかどうかその時は悩んだが、伝えても構わないだろうと今判断した。
「あいつ、同じ委員会の奴からどうも気に入られてるらしいぜ」 「……」 「お前がうだうだ悩んでる内に、あいつはさっさと前向くかもしんねぇぞ」 「……それなら、それに越したことねーじゃん」 「あっそ」
言葉は相変わらず素直じゃねぇな。 自販機から発せられるライトが照らした御幸の顔は動揺を隠せずにいる。 それで、説得力持ったつもりかよ。
「ま、お前がそういうなら俺は何も言わねーよ。けど、後になって後悔したって遅ぇからな」 「……」 「俺部屋戻るわ」 「……おぉ」
その場に御幸一人残して俺は足早に自分の部屋へと向かった。 途中振り返って奴の顔見たろーかと思ったがさすがに性格悪ぃかなと思い直して止めた。 御幸ならやりかねないが自分ではそこまで意地悪になった記憶はない。
その代わりと言っちゃ何だが、部屋帰ったら沢村の奴にスパークリングだな。
後はお前ら次第じゃねぇの。 精々二人して最悪なことにならなきゃ良いけど。
そんなことを考えながら、自分の名前が書かれているプレートの付いた部屋の扉に手を掛けた。
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