×長編 | ナノ



名前を呼ばないで。

はっきりと頭に残るあいつの声にまた、顔を歪ませる。
どうすりゃいいの、俺。
出来るだけあいつを傷付けたくなくて、良かれと思ってした接し方だったのに、それすら間違ってた訳?

「訳分かんねぇ」

誰に言うでもなく、立ち去った教室の方向を見つめながら呟いた言葉は夕日が差し込む廊下に虚しく響いた。



「あっ、御幸くーん!」

聞き慣れない声が俺を呼んだ。
誰だよとそちらを振り向けば、見慣れない女の人がこちらに向かって手を振り近付いて来るのが見えた。
見た目から判断する。

「記者さん?」
「そう。監督さんからちょっとの時間だけなら取材OKって許可降りたから良いかな?」
「あー……」

慣れたことだった。

高一の頃から比べると格段に増えた俺への取材。
少しでも注目出来るなら今の内にネタを集めとけと躍起になる記者らの気持ちは分からんでもない。
けどタイミング悪ィな。
苦笑しながらも断るのも気が引けたのでいつもみたいに笑って「少しだけですよ?」と許可した。
その言葉に笑みを返した記者さんの顔が、何故か。
何故だか、名前に重なる。

「……重症だな」
「え?」
「いえ。何が聞きたいんですか?」

小さなノートとペンを持った女性がああ、と俺の言葉に頷く。
自分の持つ高校野球概念だとか俺への評価だとか、手慣れたように話す女性の話は、悪いけど半分くらい聞いてなかった。

「で、今回はちょっと一風変わった記事を書きたくてね」
「へぇ」
「高校球児の私生活に突っ込んでみようかと」
「プライベートっすか?」
「まぁ一言で纏めるとそう」

得意げに笑って、ノートを開きペンで手早く何かを書きながら少し早い口調で当たり障りのない質問を始めた。
それに俺は出来るだけ手短に返す。
部活が休みの時は何してるかとか、勉強と野球の両立は難しいかとか。

「次が最後の質問かな」
「ははっ、いっすよ、何でも」
「そう?じゃあ」

彼女はいる?

「……」
「その反応はいるって捉えていいの?」

明らかに好奇心を含んだ目だった。
こんなのがあるから。

「や、いねーっすよ」

こんなのがあるから、俺はあいつの傍には居られねぇんだよな。

記者の気持ちも分からないでもない。
自分の仕事のためだとかに、精一杯頭捻らせて面白い記事書かなきゃなんねー訳だし。
それを否定するつもりもない。
けど、その好奇心が俺のせいで名前に向くことがあったら?

無理だよ。
あいつが良いっつっても、俺には無理だ。

「今は野球で頭いっぱいっスから」

素早く走るペンの音を聞きながら俺はまた、あいつの言葉を思い出していた。

無理だな、確かに。