×長編 | ナノ



「まずわたしにセンスを求めちゃいかんよ……」

誰もいない教室の中で、一人画用紙を見つめてはため息を零した。
呟いてからシンとした教室内をぐるりと見回す。
保健委員会なんて、もっと楽なものだと思って半ば諦めも含めて了承したのが間違いだったのだろうか。
先程参加した委員会で配られた画用紙に再び目を落としては、気分が落胆へと真っ逆さまになるのを感じた。

手持ち無沙汰にペンを回す。
今頃マミは野球部を見に行っているのだろうか。
気が付けば、あいつと別れてからグラウンドに全く足を運んでいなかった。
野球は好きだ。
だけど、前みたいに気軽にグラウンドに行くのはもう無理だった。

あそこには、思い出があり過ぎる。



「あー……」

力なく下書きのルーズリーフに落書きを施す。
脱力感いっぱいの猫なんか、手洗いうがいの宣伝に使えるわけないじゃん。
ていうかテーマがありきたり過ぎる。
そんな元も子もない発想を浮かばせた時だった。

教室の前の扉が勢いよく開いて。

「……っあ、」

御幸、が入って来たのは。
自分自身にしか聞こえなかったであろう掠れた声以外言葉はなかった。
情けない。
どうしてここにいるのとか、部活はどうしたのとか、幾らでも会話の糸口はあるはずなのに。

ただのクラスメートとして接することがこんなにも難しいことだったなんて思わなかったよ。

ねぇ、御幸。
心の中では呼ぼうと思えば何度でも呼べるのに、現実では出来ない。
そのギャップが、自分自身を苛立たせた。

「……おー」

野球部のジャージを纏った御幸はいつも以上に泥だらけになっててどこか、微かにがむしゃらさを感じたのは気のせいかもしれない。
帽子を逆にして額を見せている姿も、そんな泥だらけの姿も。

やっぱり、好きなのに。

「何してんの?」

どうして何もなかったかのように話し掛けてくるの?
沸々と浮かび上がってくる苛立ちが徐々に自分を蝕んで来ている。
怖さと、冷静さを失いそうだった。

「……委員会、ポスター書いてた」
「そっか。……の割には真っ白だけどな」

性格悪いって、散々知ってたはずなのに、今はそれが自分の苛々を増やす理由にしかならなかった。

「……んで?」
「あ?」

声が震えてるって、自分でも分かる。
今のわたし、みっともないよ。
だけど一度決壊した感情は、もう止めることなんて出来なかった。

扉を開け放したまま自分の席で何かを探っていた御幸が、途切れ途切れのわたしの言葉に顔をこちらに向けた。

御幸の一つ一つの行動は、今のわたしの感情をただマイナスの方向へ導くだけ。

「何で普通で居られるの?」
「……」
「わたしには……、無理だよ。もう、」
「名前」
「っ呼ばないで!」

勢いよく立ち上がった拍子に机から零れ落ちたペンがわたし達しかいない教室に響き渡る。
眼鏡越しに目を見開いた御幸の顔に一度冷静さを取り戻し掛けたけど、出かかった言葉は止まることを知らず。

「もう、名前呼ばないで……、っ……優しくしないで!……辛いだけ、だから」

彼を、傷付けた。



今のわたし、みっともないよ。
……醜い、よ。