×長編 | ナノ



教室のドアを開けた瞬間に少し驚いた様子をしていた名前の後ろをすり抜けて、俺は教室へと脚を踏み入れた。

倉持。

力なく呼ぶ声がする。
もちろん、背後からだ。
無意識に零した欠伸と共に顔をそちらへと向ければ、怪訝そうな表情の名前が俺を見ていた。

「何でわたしの席に御幸が座ってるの……?」

俺が想像していた以上に、こいつには動揺が広がってるみてーだった。
俺は教科書の入ってねー軽い鞄を持ち直して、溜息を付いた。
そんな動作の僅かな合間にもこいつは自分がどこに行けばいいのかうろたえている。
乾いた笑いが自分の喉を通った。

「席替えしたんだよ昨日」
「え、そう、なんだ」
「で、お前の席は俺の後ろ」
「え」
「ヒャハッ、予想通りの反応」
「……」

何も答えない名前の前を歩く。
珍しく素直にその後を付いてくるな、と振り返ってみれば何よ、とすっげー不機嫌な時に出すような声が返ってきた。
それも予想通りだな。
そう思いながら何でもねぇよ、と言うありきたりな受け答えはこいつには予想できていたのか、それ以上は何も喋らず、黙って俺の後に従った。

御幸に対してもそれぐらい素直になったらどうなんだよ。
それは、言えなかった。

真ん中の列。
後ろから三番目と二番目。

「お前二番目だよ」
「へー、結構良い席じゃん」
「マミに感謝するんだな」
「え、何で?」
「裏工作」
「あーなるほど。それはそれは」

納得したように声を上げながら名前は席に荷物を下ろした。
チャイムと同時に教室に入ってきた時間に煩い担任は、朝の騒がしいクラスを軽く一喝した後すぐにいつもどおりHRの前に恒例の出欠を取り始める。

「苗字ー」
「はーい」
「お、回復したか」
「はい」
「そういや昨日委員会決め、やってな」
「え?」

「悪いんだが保健委員会に苗字入れといたぞ」

わーって、小声で聞こえたのを俺は逃さなかった。
後ろを振り向いて、ぽかんと口を空けている名前の顔を記憶する。
性格悪ィとか、人のこと言えねーかも。
けど面白いからいいじゃん。
やがてはっと我に返った名前はすぐに俺が後ろを見ていることに気付き、軽く椅子を蹴ってきた。

「何すんだよ」
「ジロジロ見ないでよ、乙女の顔」
「ヒャハッ乙女だってよーどこにそんな奴がいんだよ」

ガン!と今度はさっきより強めに蹴ってきやがった。

「席替えは別に良かったけど、保健委員会とか……めんどくさ……」

心底げっそりしたような表情。
けど嘘付け。

朝に御幸が元の名前の席座ってて席替えしたぞって伝えた時の方が最悪な顔してたじゃねぇか。
まさに死刑判決喰らった罪人みてぇな。

嫌な想像と、微かな望み持って混乱してたんだろ?

御幸が近くだったらどうしようとか、
自分の席に座ってる御幸に今までの話はもしかしたら冗談だったんじゃないかって。


分かりやす過ぎんだよ。
バーカ。