×長編 | ナノ



ぼんやりとした頭の中で記憶が鮮明に描かれているのをはっきりと認識した。

「アンタ、名前、……だっけ?同じクラスの」
「ええと、御幸、君?」
「そ。覚えてくれてたんだ」
「有名だもん」
「その割には名前、自信なさそうだったじゃねーか」
「……訂正。有名だって、聞いたもん」
「はっはっは!おもしれー!」
「は?」
「アンタおもしれーな。ここでいつも俺ら見てるけど、野球好きなの?」


第一印象は「なにこいつ」だ。
高校野球雑誌で一年の始めの頃から注目されてて知名度はあった。
同じクラスだったし、そういう訳で、名前は知ってた。
けどこんなに馴れ馴れしい奴だとは。

「お互い話すのは初めてだよな?」
「そうだね。わたしは一応御幸君のこと知ってたけど」
「お?有名だって聞いたからか?」
「……初めましての人を呼び捨てする性格の悪い奴だとは思いもしなかった」


その後まあいいじゃねえかって笑って、気付いたら、呼び捨てのこと何も思わなくなってた。
性格悪いなって、思うことは度々あれど、根はいい奴だって心のどっかで認めてたのかもしれない。

いつしかわたしは御幸君から御幸と呼び捨てになり、席が近ければ筆談する関係になった。
御幸繋がりで野球部のメンバーとも顔見知りになれたし、野球好きなマミと一緒に野球部を応援することも日課になっていった。
毎日がすごく充実してて、明日が来ることが楽しみになっていた。

気付けば二年生に進級する前。
わたし達は恋人同士になっていた。

「……バカだなぁ」

目を覚ました。
て言うことは、夢か。
熱が篭っていたはずの頭がすごくスッキリしている。
熱、下がったのかな。

机の上に乗ってるであろう風邪薬と水、それから体温計を取ろうと手を伸ばした。
ついでに横目で確認した置時計の針を見る。
午後十二時半を差していた。

明日は、学校行けるかな。

そんなことを思いながら体温計をケースから取り出して、脇に挟める。
同じく机の上に乗っていたマミが持ってきてくれたプリントを手にして、少し感慨に浸ってしまった。

心配掛けちゃってるよなぁ。

前髪を掻き分けて、額に掌を当てる。
電子音が鳴って取り出した体温計。
三十六度三分を示していて、ほっと胸をなでおろした。

下がってる。

これなら明日、学校へ行けるかな。
マミや他の友達にこれ以上心配掛けるのも、心悪い気がするから。
そんなこと言いながらわたし自身、さっきまで見ていた夢の余韻から抜け出せなくなっていたことは気付いていた。
嫌いになってるならそれでも構わない。

ただ、姿が見たいよ。

結局のところわたしはまだ立ち直るの、た、の字も当てはまりはしないのだ。
カーテンの隙間から覗く狭い空、夜が明けるにはまだ早い。
額に当てていた冷え性である自分の手が、いつも以上にひんやりとした温度で、とても気持ちが良かった。