×長編 | ナノ
専業主婦だと聞いていた名前の母親は、笑顔が似合う人だった。 宿題とか提出物とか届けに来たんです、と告げればにこやかに笑って、どうぞ上がってちょうだいと凛とした声が玄関先に響き渡る。 若干の緊張はあるものの、通された一室の中。 苦しそうに咳き込む名前の姿に、私は顔を歪めた。
「ごめんね、マミ。わざわざ届けに来てもらっちゃって、」 「いいのいいの、それより具合どう?」 「うん、大丈夫、ちょっと咳が酷いだけだから」
そういって無理したように笑って、元気な振りする友達を見て、私は何ともやるせない気持ちを抱いた。 ただでさえ先日あんなことがあったっていうのに。 もし世界に神様がいるとしたら、なんて残酷なことするんだろう。 鞄から取り出したプリントを名前の机に置くと、同時に彼女の母親が氷の入ったグラスと麦茶を御盆に乗せて部屋に入ってきた。 私にはゆっくりして行ってね、と笑い、名前には心配そうな表情で大丈夫?と尋ねている。 いいお母さんだな。 素直に、そう思えるような人だった。
「ごめんね」
やがて名前の母親が部屋を退出した後、すぐに彼女がまた、謝罪の言葉を口にした。 その後、咳き込む。
「どうして?」 「マミ、今日、野球部……けほっ、行けなかったでしょ?だから」
私が答えに時間を掛けている間響き渡る咳の音が、すごく切なかった。
「そんなこと言わなくて良いから。て言うかそれ関係ないし」 「え?」 「私は名前が心配だから、来ただけ。野球部が見れなかったとか、そういうの関係無し!」 「……ご、めん」 「だから何で謝るのかなー!」 「……うん」
ベッドに横になった名前が、漸く安堵したって言う風に笑った。 けどやっぱり前みたいな笑顔じゃない。 風邪で苦しいとか、そういう理由も大きいだろうけど。 一番、は。
「……私こそ、ごめん」 「え、なんで……?」 「力になれなくて」
御幸君だろうな。 ここにはいないクラスメートの姿を思い浮かべて、当事者でもないのに私は唇をかみ締めた。 辛いのに、話を聞くことしか出来ない。 何か名前と御幸君のために出来ることがあるはずなのに浮かばない。 そんな自分に酷く苛立ちを覚えた。
「……んなことないから。大丈夫だって」 「でも、」 「マミ、ありがとう」
どんな時でも彼女は私や他の人の前では気丈に振舞おうとしている。 だけど気付いてるよ。 影で泣いていること。
「何も出来ないかもしんないけど」 「……」 「愚痴とかならいつでも聞くから」 「うん」 「早く元気になりなさい」 「……」
ありがとうって、力なく呟いた名前の顔が、キラキラ光って見えたのはきっと、気のせいじゃない。
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