×長編 | ナノ
「苗字ー……は、今日風邪で休みだそうだ。次、」
出席簿に目を落とした担任が何もなかったかのようにそう告げて、直ぐに別の苗字を呼ぶ。 風邪で休み?
季節はもう五月で、風邪が流行る季節なんかとっくに過ぎたっていうのに。 笑いを零す。 清々しい程晴れ渡った雲ひとつない空から、太陽が五月とは思えないほどの光でもって教室内に差し込んでいた。
夏風邪は何とかが引くってな。
「なぁ、」
朝のHRが終わって、頬杖付きながら廊下を見つめた。 教室の前のドアが開いていて、そこから不均一に生徒の出入りがある。 それをただ、眺めていた。
「心配してんの?」
何を勘違いしたか、いつの間にやら近くまで来ていた倉持がニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら尋ねてきた。
は?
咄嗟に出そうになった返答を飲み込んだ。 溜息が、出る。 何の用だよ、さして気にしないように、俺はその質問を流した。
「お前、バレバレだって」 「は?」
しまった、今度は飲み込めなかった。 今更口元を押えたって遅い。 けれど倉持はそんなこと何の気にもなんねーって顔で続けた。 教室が、騒がしい。
「亮さんも純さんも気付いてんぜ」 「……」 「お前がずるずる何かに悩んでるってな」 「そーかよ」 「もしかしたら後輩にも気付かれてんじゃねーの?」
何の根拠もないけどな、と言う割には言葉の箇所箇所には見えない説得力みたいなのが現れてやがる。 不意に思い出した先日の練習風景。 降谷が言った言葉が無性に気に掛かって来始めた。 気持ち悪いって、もしかして、
気付いてたのか、降谷も。
「俺らしくねぇってか」 「あ?」 「……あーあ、何やってんだろな、俺」
後頭部で手を組んで、椅子の背もたれに有りっ丈の体重を掛けた。 ギシ、と悲鳴をあげた椅子のことなど気にもせずに、前を向く。 黒板の隅に日ごとに変わる授業時間の磁石が並んでいた。 何気なしにそれを見つめては、最後の時間割に注目する。
五限目:LHR(委員会決め)
そういやこのクラス、まだ委員会決めかねてるんだったな。 自然と苦味をかみ締めた顔になってしまったのは、どうやら倉持に気付かれてはいないようだ。
こんな日に休んでるなんて、あいつもタイミング悪ィな。
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