×長編 | ナノ





 机に伏せる彼女の姿を見ては、視線を前に戻す。眼鏡のレンズ越しに見た黒板の文字をひとつひとつ写してはまた、気にかけるようにそちらへ視線を向けてしまう自分がひどく滑稽のような気がしてきた。
 彼女の机の上にあるノート。
 なんて言ったら良いんだよ。あー、あれだな。やるせねぇ気分。

「……何か、御幸センパイ気持ち悪い」
「……は?」

 授業が終わってアップも済ませた後、いつもみたいに肩慣らしのキャッチボールから始まった投球練習。あまり時間が立たないうちに飛び出した後輩からの発言に俺は間抜けな返事を返した。
 き、もち……、

「俺一応お前の先輩なんだけど」
「当たり前じゃないですか」
「いやそう思えねぇよ今の言葉」

 ハテナ浮かべんなよ。自覚なしとかタチ悪いな、と苦笑しながら降谷にボールを投げる。キャッチがドが付くほど下手な奴はいつも通りに後ろに逸らしやがって、慌てることなくボールを追いかけるために俺に背を向けた。ちょっとは焦れよ、とまた笑えてくる。コイツに対して苦笑する点は探せばいくらでも浮かび上がってくるもんだから尚更可笑しいってもんだ。

「で、何が気持ち悪ィんだよ」
「……分かりませんけど、何か」

 隣、対称にはもうキャッチャーを座らせて投球を始めている丹波さんの姿がある。

「んなこと気にしてんな。お前は自分の弱点克服することを考えてろよ」
「弱点……?」
「スタミナとコントロール」
「……」
「はっはっはっ、無視すんなコラ」

 ありったっけの力を込めて返って来たボールを投げ返す。また逸らしやがった。そろそろ肩も温まっただろうから座るか、とブルペンの土に膝を着こうとした時不意にフラッシュバックする。
 そういや、あいつともこうしてキャッチボールしたことがあったな。もう一年くらい前の話になるけど。いつも観戦するだけじゃつまらないから、投げてみたい。突拍子もなく言い出した台詞に付き合った夕方を思い出す。あの時も、こうして俺は膝を地面に付けて、ちょっとでも本格的にしたいからというあいつのワガママを受け入れた。
 ミットから伝わる振動に我に返る。見れば数メートル前にいる降谷が投げた後のモーションをしていた。ミットの中には、投げ放たれたボールがしっかりと収まっている。

「……何ボーっとしてるんですか」
「いつもボーっとした顔してる奴に言われたかねぇよ」
「……」
「そうだな」
「はい?」

 無意識にでもキャッチをしていた自分に今日一番の苦笑が零れた。

「やっぱし俺にはキャッチャーの方が向いてるみてぇだわ」

 小首を傾げた降谷に向かって、今度は軽めにボールを投げ返した。まるで。まるで、あいつとキャッチボールした時みたいに。