×長編 | ナノ



なぁ、アイツ泣いてたぜ。

買い物から帰ってきたかと思えば開口一番にそう言った奴の顔を見る。
普通よりも明度も彩度も落ちた今の自分の視界がまるで心の色を現してんじゃねえかってくらいで、何だか笑えた。

誰だって、直ぐには立ち直れる訳がねーよ。

強がりみたいに捲くし立てた自分の言葉の裏。
そこに佇む感情なんて、倉持にはお見通しらしいが。

「誰だって……ね、じゃあお前も例外な訳じゃねぇんだな?」
「何が言いてーんだよ」
「べっつに。詳しいことは分かんねーからな、俺は。ただ、」
「……」
「好きな女泣かせる奴なんて男の隅にも置けねーって言ってんだよ」
「うるせぇ」
「ほら見ろ。否定しねえってことはやっぱまだ好きなんじゃねーか」

礼ちゃんとこにスコアブックを借りに行こうかと思ってた矢先にその進路を塞がられる。
頼んでいた買い物を受け取った代償、と言わんばかりに次々と浴びせられる質問。
これならまだ夏の日差しを浴びていた方がマシだよと思わせるほどにそれは的を射た質問ばかりだった。
本当にコイツは、つくづく人をよく見てやがる。

「アイツが良くても、俺がダメなの」
「んだよそれ。超エゴじゃねぇか」
「……俺もしかしたらピッチャー向いてんのかな」
「知らねぇよ」

泣いてたぜ。
反響するように、何度も何度もその言葉だけが、巡る。
あの、大きな瞳が。
平凡な色だけど、笑うと無くなっちまうんじゃないかってくらい細くなるあの目が、涙で覆われている。

誰のせいで?
知らぬ振りしてんじゃねぇよ。
俺のせい、だろ。

紙袋から取り出した備品を買い洩れしていないかチェックしていく間も、後頭部で腕を組んだままの倉持は俺に視線を向けたままだった。

「……俺のせいで泣いてんだよな」

最終確認、と言うよりも同意が欲しかったのかもしれない。
けれどこんな時に限って倉持は何も答えることなく、視線を逸らした。
夏の匂いがする。
そろそろダウンの頃合いかと、グラウンドへ足を向けた。
礼ちゃんの所へは後で行けばいーか。
結局、欲しかった同意は得られないまま。
うんとかすんとか言ってくれたらまだ、楽だったかもしれないってのによ。
倉持に背を向けたところで、再び声が掛かる。
今更欲しいなんて言わねぇよ、とは言い返さなかった。
それよりも早く、奴が、続けたからだ。

「不器用な真似しやがって」

同意よりも何よりも残酷な。

「時間のせいにしてんじゃねーよ」

真実を、打ち付ける単語たち。
それは確かに俺の心臓を跳ね上がらせた。

わかれる、なんて、口が滑ったとか言い訳はいくらでもあったはずなのに。
俺のために笑ってくれたその顔を、悲しみに暮れさせたのは間違いなく俺自身で。
それなのにまだ、泣いている、だなんて。
俺のために泣いているのならどうか。

どうか、忘れて欲しいのに。

どこかで否定したがっている自分の心を隠すように、俺はグラウンドまでの道のりを、珍しく全力疾走した。

名前に溺れることが、怖い。
やっぱり俺ってピッチャー向いてんじゃねぇの。
途中で通りかかったブルペンを横目に、上がる息を利用して思考を掻き消した。