×長編 | ナノ



この世で最も残酷な言葉を聞いた。
まるで世界で一番自分が不幸にでもなったかのような目眩が突如わたしを襲う。
彼の言葉の上で踊る自分の姿を想像しながら搾り出した言葉はあっけないほど、掠れていた。

あなたは優しいから。
きっと嘘であってほしいなんて、

微かな願いも込めてゆっくりと聞き返す。
今、なんて言ったの、と。

わかれる。

平仮名で精一杯、漢字変換しないように努めたところで呆気なく心臓は高鳴った。
誰と、誰がわかれるというのだ、と第三者に成り代わった考えを持つ。
成り代わりたかったのだ、わたしは。
これが現実でないと、信じていたかったのに。
説得力を何倍にも含ませた言葉は御幸のいつもの口調とは思えないほどの雰囲気を纏わせて、わたしに届いた。

せめて、わかれようと、提案の形であったら良いのに、なんて。



いつも覗くことを忘れなかった野球部のグラウンドから逃げるようにして家路に着いた。
いつも一緒に見学している友達が訝しげにわたしを誘ったことも記憶に薄く、ただ視界にはわたしの心とは正反対の青空が広がっているだけだった。
こんなにも早く帰ることはどれくらい久しぶりだっただろうか。
思い返してみても、今では辛すぎる過去ばかりが浮かび上がってくるばかりで、必死に打ち消した。
一人歩く家までの道が、こんなにも遠いものだと思う日が来るなんて、考えもしなかった。

「あれ、名前じゃん」
「あ、」

今、二番目に会いたくない奴が真正面から近付いてくるのが見えた。
両手に持つ袋を持つ姿からすると買い出しか何かだろうか。
それより練習は良いのだろうか。
まだ空は青くて、日はこんなにも高い。
今頃野球部は精を出して練習に励んでいるはずなのになぜコイツはここにいるのだろう。

……また一つ、心臓付近が小さく痛くなる。

練習、という単語は、こんなにも嫌なものだったっけ。

「買出し?」
「おー、バッターズグラブ新調したんだよ」
「ふーん」
「ついでに色々とな。御幸にも頼まれ、」

有名なメーカーの袋を見せ付けるようにしてわたしの方へ向けた倉持が一瞬だけ、口を滑らしたと言わんばかりに表情を歪めた。
御幸。
その単語が今のわたしにとって地雷であることを、彼は知っているんだ。

「……早いね、情報」
「あー……今朝、聞いた」
「うわ、ホント早い」

昨日泣きまくったせいで腫れている瞳が今更気に掛かった。
バレてはいないみたいだけど、コイツは人の表情に鋭いから、油断ならない。
いつも御幸が笑いながら、そう言っていたことを思い出しては、また自己嫌悪。
終わった事だというのに未だわたしは、吹っ切れていない。
多分言い切ってもいい。暫くは無理だ。

「……名前。あのな」
「そんなに可哀想に見えた?わたし」
「は?」
「顔が、言ってるよ。可哀想だって。うん、自分でも思う。理由もなく突然わかれるとかさ、なんなんだろうね」
「名前」
「いつも読めない奴だっては思ってたんだけど、こんなにも理解できないのは初めてだと思う」
「……」
「そんでもって、最後だと思う」

水晶体が潤ってきている。
嫌でも実感できた。
せめて瞳を見られないようにと俯いたのがいけなかったのか。

止め処なく溢れる涙は、重力に従うように次々と落ちていった。

倉持の顔が見れない。
やっとのことで見ることが出来たのは困ったときによくコイツがする後ろ髪を掻く癖を現す右腕までだった。

それが、限界。