×長編 | ナノ


 吐きそうになるほど暑い日だった。屋上でのやり取りはどうしたもんか。回想しても所々記憶が曖昧で、とりあえず付き合いたいと言われてどうしよう、それだけを御幸に相談してみた。普通は女友達に相談する方が懸命かもしれないけど、この場合は御幸がいいんじゃないかって。だって彼の相棒、みたいなもんだし。

「ほーう。面白い展開になってんじゃねえの?」
「他人事だろお前……」
「他人事だからな」

 きっぱりと答えながらも意地悪い笑いを止めようとしない御幸に無性に殴りたくなった。この場合、八つ当たりとも言える。何せ、初めて受けた告白だ。しかも突然。呼び出し、というなんとも告白っぽいことをされたものの、そんな雰囲気今までなかったし、突然でどうしたらいいのか分からなくてとりあえず保留ってことにしてもらった。自分の気持ちが見えないし、第一、彼の顔を見る勇気がその時はなかったから。

「で、お前はどうしたいんだよ」
「……知らない」
「自分のことだろ。人に相談するより、自分に相談したらどうだ」
「……数学と一緒で難しいことは考えたくないもので」
「お前なぁ、数学と恋愛一緒にすんなよ」

- - -

 難しく考える必要はねーって。それだけが御幸から貰った唯一のアドバイスだった。帰り道、そのことを念頭に置きながら自分に問い質してみる。
 降谷が好きか。その答えに辿り着くには随分遠回りしそうだ。
 校門を出て学校の敷地沿いに足を進める。野球部。今は避けたい。けれど、威勢の良い声に釣られるようにわたしの足は自然と野球部のグラウンドに向かっていた。何人かの記者?とも思われる大人の人に混じって、黄色い声援を送る女の子の集団がそこにはいた。嫌だな、同じに思われたら。彼女たちを軽蔑するつもりはないけど、声援を送るためにここに来たわけじゃないし。……じゃあ、何のために?ぐるぐると色々な思考が入り混じる。と、その集団の一人が少し甲高い声で降谷くーん!と叫んだのが聞こえた。
 ちくん。
 あれ。なんだろう。イライラ、する。

「あれ、名前じゃん」
「げ、もっちーじゃん」
「……ひゃはっ、すっげーイライラすんだけど」
「それはこっちの台詞ーうふー」

 気持ち悪ぃなお前、と軽蔑するようにわたしを見た。倉持とは実際あんまり話したことはないけど御幸とそれなりに話すとオマケで付いてくる。そういえばコイツ、わたしと付き合ってるとかいうのをネタに降谷苛めてんだっけ。

「降谷のこと苛めちゃだめだよー」
「苛めてねぇよ! アイツからかうとマジ面白ぇから悪ノリしてるだけだって」
「倉持の悪ノリ……うわー降谷可哀想ー」
「でもあながち間違ってねーだろ?」
「は? 何が?」

 フェンス越しに喋ってて監督とか先輩に怒られないかとヒヤヒヤしたがそこは何とか大丈夫そうだ。レギュラーだとかそういう特別扱いは無いみたいだけど、監督からの喝はない。横目で見た監督っぽい人の風貌はまさに八草以上のヤクザみたいな容姿で。うわぁ、絶対男でもここの野球部はわたしには無理だわ、なんて思っているとニヤニヤと意地悪い笑いを浮かべた倉持が何気なく口を開く。少し離れた場所ではまた降谷の名前を呼ぶ女の子の声が聞こえた。ちくん。また、痛い。

「あいつ、部活の時は野球の話しかしねーけど」
「うわ、野球バカ」
「バカはテメーだ、最後まで聞けよバカ。寮とかで話すと口を開けばおめーの話しかしねぇんだよ」
「は?」
「ぞっこんて奴だな」

 何を、言う。まあ、告白されたんだからそのくらいはあるのかもしれないけどいざ他人からそういう話をされると無性に痒い。痒い、っていうかくすぐったい。

「ね、倉持」
「んだよ」
「さっきから降谷に声援送ってる子いるじゃん」
「ん? おお」

 倉持はふとその声がする方に耳と目を傾けた。また一つ、降谷を呼ぶ声がする。イライラするなぁもう。

「あれにイライラするんだけど、これってどういうことかな」

 わたしの言葉を聞いた倉持はグローブを嵌めた手を口元に当てた。大笑いするのを我慢しているようで、少々ムカつく。何が楽しいんだコイツ。

 降谷が好きか。その答えに辿り着くには随分遠回りしているけれど、答えはもう少しで出そうだ。