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「おー帰ってきたか。顔から察するに、失敗したのかぁ?ま、あいつ攻略すんのは難しいわな」

 御幸先輩はそう言って、練習の途中で勝手に抜け出した僕をお咎めなしにした。面白かったから良い。つくづく、自由気ままな人だ。ていうか余計なお世話。

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「で、降谷はどうしたいのか」
「何それ、誰の真似ですか」
「数学の八草」

 誰それ、担当違うんで分かりません。と彼はぶっきら棒に答えた。何度目かの一緒のランチタイム。たまたま昼休み屋上で食べようとすると都合よく会うので一緒になるだけ。約束をしたことは一度もない。けれど今日に限って彼が一緒に屋上行きましょうなんてらしくもないこと言ったので驚いた。どうしたいのですか。再び同じ質問をぶつける。

「……先輩こそどうしたいんですか」
「んー?わたしー?さぁ?」

 携帯を開いてメールをチェックする。仲の良い友達からの一件と、何かのメルマガが一件。友達に返信を返した後、お弁当を広げて、早速玉子焼きを頬張る。我ながら、うまい。

「降谷はどうしたいのー?」
「先輩のこと、もっと知りたいです」
「やけ、に直球だね」

 思ってもみなかった。何なんだ、今日の降谷。別人か。なりすましか。

「いきなりどうした」
「先輩自分のこと全然言わないから」
「言う必要ってある?」
「……僕が知りたいから」
「うわー俺様」

 そういうとこ、御幸に似たんじゃないの。ほら、バッテリーとか組んだら近くにいるし、性格も似てくるだろうし。ただ、元々って場合もあるけど。

「その弁当、自分で作ってるんですか」
「まあね。親、両方働いてるし。それくらいは」
「偉いですね」

 偉い?
 タコさんウィンナーを口に入れようとした手が、止まる。驚いたように降谷を見れば不思議そうに見てた。さも、今の発言が自然であると言うように。

「……わたしは何かに一生懸命になれる降谷の方が偉いと思うけど」
「そんなことない」
「いい加減敬語なのかタメ口なのかどっちかにしなって」

 そう言って笑うと彼は何か考えたように押し黙った。ようやくタコさんウィンナーを口にする。真っ赤に焼けたタコさんはどこか日焼けする野球選手のようだ。赤い。いや、日焼けは黒いのか。それにしても降谷はそこまで日焼けしてない。北海道出身だからかな。うらやましい。

「敬語なのはまだ先輩だからです」
「ぷ。なにそれ」
「時々タメ口になるのは練習です」
「何のさ」
「先輩ともし付き合えることになった時の」

 弁当、ひっくり返しそうになった。でもそれは流石に本能が止めた。代わりに手に持っていたフォークを威勢の良い音と共に落としてしまった。なんだ。今、彼は、なんて言った? 動揺するわたしを余所に先輩、と彼はわたしを追い詰めるように口を開いた。どうしたいのって僕に聞きましたよね。その先。今度こそ、弁当ひっくり返しそうになった。

「先輩と付き合いたい」

 本能が止めたけど。泣きそうになること、も。