×長編 | ナノ



 深い意識の中で、暖かい温度を感じ取った。そういえば私、布団も掛けずに寝てしまったんだった。きっとあの保健の先生が見かねて、布団を被せてくれたんだろう。ふとそこでもう一つ気が付く。

 男の子が寝ていたベッドへ通じるカーテンも、閉め忘れてた、ような気がする。



「……んー……」

 機嫌の悪い時にしか出さないような自分の低い声で、意識が覚醒した。ぼうっとした意識。いつの間に寝ていたのだろうか。思い出そうとすると、風邪のばい菌が通せんぼしているかのように邪魔していて上手く行かない。肩のところまですっぽりと私を覆っていた布団から右手を抜け出させ、額に手首を当てる。思いの外、熱いことだけが理解出来た。

 今、何時だろう。気掛かりになったことを確認するためには目を開かなければいけない。うんざりしてこのまま、再び寝てしまおうかとも考えたが、母に連絡をしてしなかったことを思い出してしまった。熱に駆られる頭がうんざりするほど気持ち悪かったが、ゆっくりと目を開く。視界に入り込んだのは保健室の白い天井。

 だけ、ではなかった。

「……は」

 小さく、弱々しい声。私の声だとは到底思えなかったけれど、確かに今私の喉は反射的に震えていた。目が自然と天井以外の何かを中心にしようと動いていく。白色とは対称的なその色。ゆっくりと無意識的に顔もそちらへ傾いていた。

 黒い、髪。天井以外の何かとは、人、だった。

「だ、れ……?」
「……」

 寝起きと熱のせいか上手く働かない頭が回転し始める。搾り出した私の声に、相手は何も答えなかった。よくよく気が付けば枕がいつの間にかひんやりとした氷の入ったそれに代わっている。これは保健の先生がきっとやってくれたのだろう。順序良く、自分を落ち着かせるためにゆっくり思考を巡らせていく。

「……あ」

 視線が交錯したその相手。どこかで会ったような感覚がした。それもそのはずだ。彼の顔は私の隣のベッドで、先程まで眠っていた男の子だった。名前もクラスも何も知らない。けれど脳裏に刻まれたあの感覚が、覚えていた。

「……えーと、寝てた人?」
「うん」
「何でここに?」

 小さく頷いた肯定の言葉。けれど次にした私の素朴な疑問には何も答えないまま彼は私をじっと見据えていた。気まずさが全身を覆う。知らない人のはず。それなのにどうして彼は私のベッドの横にいるのだろう。備え付けられた背もたれのない椅子に座ったまま、彼は何も言わない。元々あまり話さなそうなイメージはあるけれど、せめて自分が何故ここにいるのかぐらいは説明して欲しい。横たわったまま頭を抱えそうになった時だった。

「うなされてた」
「え?」
「で、起こされた」
「……あ、私、ですか?」
「え?」
「私のせい、っすか」

 体育会系みたいな語尾。何でだと自分でも笑いそうになってしまった。事実、目の前の男の子も笑うことはなかったけれど、面食らったような表情をしている。

「そう、……っす」
「え?」
「え、」
「あ、いや、そうでしたか。それはその……ごめんなさい」

 先程保健の先生が私の名字を呼んだ時のような辿々しい謝罪に、彼は、はあと気の抜けた返事をした。そこで一度会話が途切れる。保健の先生と言えば、職員室から帰って来たのだろうか。寝そべる私に確かめる術はなかった。その代わりにここからでも見ることが出来る壁の時計に目をやる。午前十一時近く。どうやら、二時間ほど寝ていたらしい。一向に晴れを見せない頭の中の霧が、そろそろ鬱陶しいな。そんなことを思いながら、布団に入ったままの左手で制服のポケットを弄る。そこに入れっぱなしだった携帯を取り出し、開いてみるとメールが二件来ていることに気付いた。

address:榎本
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風邪大丈夫ー?無理しないでゆっくり休みなよ!

address:小湊君
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ノート代は1教科につき100円ね

 無意識に、笑みがこぼれた。