朝7時。爽やかな光が差し込む屯所の廊下を、静かに進む。目指す先は、鬼の副長と呼ばれる真選組No.2の部屋。昨晩、山崎さんに頂いた知恵を頭の中で復習しながら歩みを進めると、目的地へとあっという間に到着した。背筋を伸ばして、すぅ、と胸一杯に空気を入れる。

「頼もォォォオオう!!」
「うるせぇ!!!!」

スッパーンと勢いよく開いた襖の先には、青筋を立てた土方さんがいた。今朝の稽古が終わったばかりなのか、道着姿でタオルを首にかけている。

「おはようございます土方さん。朝から元気ですね。突然ですが直談判に参りました。」
「朝から元気なのはお前の方な。んで、何だ。直談判って。」

女中をやめます、ってのはナシな、と力なく笑いながら部屋に通してくれた。訪問者が私だと知り、はぁ、と息を吐いて肩の力を抜いたようだ。たぶんこれが沖田総悟とか山崎さんとかだったら全力で追い払うんだろうな。

押入れから銘仙判の座布団を一枚出して、そこに座るよう促されたので大人しく従うと、土方さんも机を背に、私に向き合う形で腰をおろした。

「単刀直入に申しますと、私の雇用に関する条件について、副長の承諾と協力を伺いに参りました。」
「ほう。そんで、お前の提示する条件はなんだ。」
「その前に、現在私の置かれている状況について整理させていただきます。」

すぅ、とひとつ呼吸をして、土方さんの目を真っ直ぐに射た。頑張れなまえ。お前の受験の合否もかかっているんだ。


───まずは、今なまえちゃんがどういう経緯でここに来ることになったのか、順を追って思い出してみようか。どうせウチの上司たちのことだから、勢いに飲み込まれて来ちゃったでしょ?


「まず、私が如何してここへ来ることになったか。それは先日、スナックすまいるにて、私の同僚並びにそちらの局長から半強制的な勧誘を受けたことにより始まります。それは、土方さん。あなたもその場にいましたから、もちろんご存じですよね。」
「あぁ、そうだな。」

「それから数日後、私の自宅に迎えが来ました。言われるがまま車に乗り、屯所に到着しました。私はそこで初めて、仕事をする環境と内容を知らされることとなります。」


───確かにあの人たちは、勢いこそあれど細かい部分に穴がある場合が多い。公務員がそんなんで大丈夫なのかと問われればそれまでなんだけど、逆にいえば、そこに付け込んでこちらに有利な条件を飲ませることが出来る。

「そうだったな。」
「ええ、そうだったんです。そこで土方さんに問います。この一連の流れを振り返り、雇用主としての態度としてどう思われますか。」
「どう、って」
「私に対し誠実だったと言えますか」
「……確実にNOだな。」

よし。非を認めたな。

「そこで、です。私は改めて雇用に関して契約し直していただきたい。」
「……正式な書面としてか」
「流石です。今までやり取りがあった中で、私は一度も契約書を書いていません。」
「それがどうした。」

「……え?」

「口頭のみであっても契約は契約だ。契約書がなければ成立しないとでも思ってたか。」

「……思ってました。」

「残念だが、法律でもそうなってる。口約束でも契約は契約だ。仕事はちゃんとしてもらう。」

そんなぁ……。あと一息でいけると思ったのに。ああもう泣きそうだ。今の仕事量じゃ確実に私の勉強時間は削られてしまう。今までの努力が。山崎さんに泣きつきたい。今すぐ。

この野郎、結局は近藤の味方か。肺がんで死んでまえ。そんな念を込めて土方さんを見つめていると、フ、と彼の表情が和らいだ。

「誰に入れ知恵されたか知らねェが、ガキが交渉の真似事しようなんざ百年早ェ。こちとら凶悪犯罪専門のおまわりさんやってんだ。そう簡単に丸めこめるとでも思ったか」
「……ええ。浅はかながらも思ってました。」

くそぅ。この鬼の副長めが。ていうか真選組をなめてた。トップがストーカーやってるような組織だった。まともに話を聞いてくれるワケがなかったんだ。

「……でもまぁ、今回の件に関してはこっちが悪ィ。いくらなんでもガキを、それも受験生をこの最悪な労働環境に引き摺り込んじまったんだ。ある程度は改善するようはかってやるよ。」
「!」

まぁ、お前の提示する条件をどこまで飲み込めるかは考えるが、といいながら書き物の準備を始めた土方さんの背を見ながら、全力でガッツポーズをした。


NEGOTIATE WITH
THE PITILESS VICE COMMANDER

(鬼に直談判)

「はぁ、もう土方さんに言ってだめなら
Twitterにでも書き込んでやろうかと思ってました。」
「……これ以上真選組のイメージダウン図るのやめてくんない?」

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