もうかなり昔の話だ。それこそ、私の言葉の訛りが抜けない頃の。
『ねえ、壬生』
『何?俊典先輩』
雄英高校のサポート科2年に在籍していたうちと、ヒーロー科3年に在籍していた俊典先輩。うちが高校1年の時からの知り合いではあるが、それでも相変わらずの目の輝きを見ながら、うちは彼が何かを決めたことを理解し、じっと彼を見据える。たぶん、彼はその何かを言いたくてうちの前に立ったのだから。
『皆が笑って暮らせる世の中にしたい。だからね。――私は、平和の象徴になる』
ああ、ついに本気で言いおった。
実は前から個性――予知夢でこの夢を見とったなんてことは秘密にして、うちは素直に思うままを言う。
『…言うてましたな。今の時代、象徴たるヒーローがおらんけ、社会が荒れとるって』
『……覚えていてくれたんだ』
『そりゃあもちろん、なぁ』
そして2年間、ずっと考えて結局これだけしか思いつかへんかったフレーズを伝える。
『……………無理はせんことや、俊典先輩』
泣くな、顔を上げろ、そして笑え。
『大事な友達がいのうなったらうち、寂しいわ。――あと、発明品の実験相手な』
『うっ』
あのやり取りからもうだいぶ長い年月が経った。とうの昔に訛りは抜けて都会慣れした私の言葉と、彼がヒーロー社会で得た立場。訛りが抜けていくのと立場が上がっていくのは反比例のようだった。それに合わせるかのように私と彼の関係も変化しーーこれだけは反比例も何もなくーー自然と隣に寄り添うようになった。5年前、あの事件があってから、彼の衰えにあわせ、私は料理の腕前を上げた。また反比例だ。
そして今、私は自宅のリビングで1人、テレビを見ている。正座をして姿勢を正し、彼ーーオールマイトが敵と戦う姿を見続けている。彼が対峙するのは、数年前に倒したはずの強敵。私の料理スキル上達のきっかけであり、彼が後遺症で苦しむきっかけとなったその敵は、グラントリノさんを盾に彼の攻撃をかわす。
『僕らの犠牲の上に立つその景色、さぞやいい眺めだろう?』
『ヒーローは多いよな、守るものが』
――そうやな、そうや。でも、
彼が活動限界を迎える。身体がしぼみ、映像にいつも見る彼の本当の姿が映し出される。
それを見て、ぷつりと何かが私の中で切れる。行き場のない熱が身体を支配し始める。その余りある熱を手に力を籠めることで、唇をかむことで発散し、血の味がする口で想いを吐き出す。
『ヒーローは…守るものが多いんだよオールフォーワン!!』
「それを全部ひっくるめて守ると誓ったから、だから」
彼の右手だけがマッスルフォームに変化する。
私の頬を涙が滑り落ちる。
『だから、負けないんだよ』
「あんたは俊典先輩に負けるんや」
画面の向こうで彼が敵を殴る。しかしそれは囮で、本腰を入れた一発を左手で叩き込む。
活動限界を超えた、最大規模の打撃。
画面が煙り、一切を映さなくなる。ただ衝撃はすさまじい音や揺れから見て取ることができ、キャスターの悲鳴がマイクを通じてかすかに聞こえる。映像が安定するまでの間を、私は真剣に見守る。夢に見た最後の瞬間を見るべく、涙をこらえて、目を背けずに。
しばらくして煙が晴れた時、画面は映し出した。
「――!」
マッスルフォームで左腕を天に突き出す、ヒーローとしての最後の仕事を。
そして。
「次は――君だ」
トゥルーフォームで、もう出し切ってしまったという、ヒーローとしての最後の一言を。そしてその映像こそ、私が夢に見た最後の瞬間で。
「――っく、」
私の予知夢は果たされた。
静かな部屋で一人、私は泣いた。