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 高校3年目の文化祭。合唱部の私は大役を仰せつかった。

「今年ね、演劇部でオペラをしたいの。だから、合唱部とオケ部にも手伝ってもらいたくて」

 話はそこから始まった。人数が少ない合唱部は話し合いの結果、今年の文化祭はそれを出し物とすることで承諾した。また、オケ部は希望者を募って小編成のオケを構成すると決めたそうだ。
 そこまでは良かった。私はオケのコーラス、やってもモブ程度だと思っていたので、反対はしなかった。しかし、どうもうまくいかないらしい。

「宮間さん!お願い、歌姫をやってくれないかしら?」
「演劇部の部長……我らが合唱部部長が適任では?」
「合唱部の部長は演劇部にいる彼氏と恋仲役」
「知らなかった…」
「私も今教えちゃった☆」
「……代わりに承諾しろと?」
「ピンポーン!ねえ、いいかしら?」
「選択肢がないから!それ、命令だから!」

 人権が無かった。宮間柚乃、生まれてこの方十数年で知ったのだが、どうやら人権失いがちキャラだった模様。
 あれよあれよという間に台本を渡され、舞台で一瞬だけ役割があると聞いていたがまさかの一人舞台だったことに震えた。しかも一瞬=一曲分。長い。
 さらに衣装のための採寸をされ、デザイン画を見せてもらったところドレスの色は卵色、型はハイネック、ノースリーブ、正面のひざから下が見えるフィッシュテールだった。靴は同色のパンプス。目立ちすぎる。本番当日までに自分磨きをすることが義務付けられたも当然だった。

 さすがにきつい。きつすぎる。

 なので、条件を付けた。

「パンフレットにイタリア語と日本語の歌詞を載せてほしい?どうして?」
「私、日本語の発声ってあまり上手じゃなくて、いつもコーラスでみんなに隠してもらってるの」
「イタリア語だとどうなる?」
「ソロで完璧に歌い上げてみせます。――――日本語の半分の労力で」

 私が無理矢理イタリア語に訳した歌詞で一人舞台を戦う条件を飲ませ、私の演者デビューが決まった。



 それからは地獄の日々だった。

 勉強の合間に歌、演劇指導、歌。寝るまでひたすら練習につぎ込むことになったため、暇な時間が無くなった。なので、入江君にはイタリア語を今に至るまで継続して教えていたが、続きは文化祭が終わるまで待っていてもらうことにした。

「最近げっそりしてたの、そういうことだったんだ」

 そう言って彼は快諾してくれた。なんだかんだ、彼も文化祭の準備が忙しいらしく、ちょっとそれどころでは無くなっていて、都合が良いようだ。

 3年生になってクラスが分かれたため、イタリア語を教えなくなると入江君には一切会わなくなる。すこし寂しかったが、こればかりはどうしようもなかった。舞台を見に来てもらおうかと思ったが、理科部と時間がかぶっていたので、声をかけるのはやめた。

 それからひたすら練習に時間をつぎ込み、勉強はおろそかにはできないので勉強もそれなりにやり、完成したドレスを着て震え上がったり、予行演習ですら重圧を感じて舞台上で委縮したりとしているうちに、本番が来てしまった。



 ステージ裾から客席側を覗く。うじゃうじゃと人がいっぱいいた。

「…………」

 どうしよう、死ぬんじゃなかろうか。
 そんな不安をよそに現実は無情にも開演時刻を迎え、幕が上がった。

 オケ部の演奏、合唱部のコーラス、演劇部の巧みな演技、的確に当たるスポットライト。
 想像以上に完成された舞台に客はおろか、私も飲み込まれる。

「宮間さん、出番だよ!」
「う、あ、はい、い、いってくる」
「気張らないで、ほどほどにね」

 無理な注文を聞きつつ、暗転した舞台上へ向かう。そして、私が立ち位置に着き、下を向いて準備を整えたとき、ライトが明転する。

 一瞬、セリフが飛びそうになる。客からの視線が突き刺さって痛い。遺体になる。いや、こんなことをしている場合ではないのだ。セリフは言えた。ここから少し踊――――ろうとして、身体が動かない。

――――あ、まずい。

 緊張に飲まれる。身体が固まって震える。客の視線が怖い。

 気を利かせたオケ隊が私の曲の前奏を間髪入れずに開始してくれるが、歌い出しまでの一分半が長すぎる。

 まって、まってと心ばかりが焦って、身体はどんどん固まっていく。

 どうしよう、と半泣きになりかけたその時、客席後方の扉が動いた。人が一人、入ってくる。

「………」

 何を隠そう、あれは入江君だ。理科部はどうした?もう終わったの?いやまだ真っ最中じゃん?何でここに?疑問がぐるぐる回る。
 こちらの視線に気づいて、彼が微笑む。サムズアップする。

 それだけで、充分だった。

「Respirare Voce appassita(息吹き返せ 枯れた声)」

 声が出る。

「Sciogli tutto Corpo immobile(全て溶かせ 凍った身体)」

 身体が動く。

「Rivivere Cuore perduto(蘇らせるの 失った心)」

 感情が色付く。
 
 私は歌う――――愛する母国の言葉で。  

「Voce Forma  Passione(声も かたちも 熱情も)
 Tutto è per te(すべてはあなたのためにある)」

 歌姫は歌う――――恋する乙女の胸の内を。

「Voglio venire con me(あなたの運命に呼び寄せてほしいの)
 Dammi le parole d'amore(魔法の呪文を わたしに授けて)」

 "わたし"は歌う――――定められた生を全うするために。

 最後にこの曲で最も高い音を伸びやかに歌い上げ、柔らかな動きで頭を下げれば――――会場から割れんばかりの拍手が届いた。




 終演後。
 へたり込んだ私に、演劇部部長がつかつかと寄ってくる。ああ、殴られる、踊りすっ飛ばしちゃったし…と覚悟を決めて立ち上がると、直立不動の姿勢を取る。

「宮間さん」
「はい」

「めっちゃ良かった〜〜〜〜〜!」

「……は?」

 拍子抜けして、間抜けな声が出た。演劇部部長の、想像とはかけ離れたゆるみまくりの表情が見える。

「特に『魔法の呪文をわたしに授けて』の後の笑顔、とっても美しかったわ!見てるこっちが恋に落ちそうだったもの!」
「え、私笑ってた?」
「そりゃあもう女神の如き笑顔よ!あなた元々顔立ちがいいから、こりゃあ暫くモテモテよ?」
「それは結構です」
「はー、つまらんわねぇ…ま、とにかく片付け次第解散だからちゃっちゃとやりましょ。後夜祭が終わるまでその衣装でいるのよ」

 演劇部の風物詩だからね、今年は合唱部もよ?と言われては反抗はできず。さくさく片づけを済ませて解散の号令を聞き、空腹を満たすために昼食を買いに出たのがまずかった。

「あんなに歌うまいなんて知らなかった!」
「いつもの日本語と違って、なんかすごい貫禄あった感じ?」
「いや〜どうなるかと思ったけど、歌で全てをかっさらっていくところ、合唱部だわ〜」

 どこから現れたのか、知人やら友人やらに囲まれて、褒められている。
 すごい、なんだか皆、べた褒めじゃない…?と一人で震えていると、先生たちにもお褒めの言葉をいただく。

「演技は駄目だが、歌は最上級だな」
「オペラ歌手目指せるぞ?」
「落としてから上げてみたり、おだててみたりしたって私は調子に乗りませんからね」
「こういうときくらい調子乗っとけ、宮間」
「無理です!」

 怖い、みんながひたすら褒めてくるのが怖い!
 というか衣装のままのせいで私が舞台で歌っていた人間だと認識されるから誰からも視線やら声やらいろいろ食らって日常生活が危ない。芸能人の苦悩を知った気がする。

 とにかく安寧を求め、昼食を買うなり脱兎のごとく文化祭会場から逃げ出す。逃げて、学校関係者以外立ち入り禁止の家庭科室に転がり込むことでようやく一息ついた。

「これがお好み焼き… delizioso......」

 誰もいない家庭科室で一人、ソースの香りを楽しみながらお好み焼きを食べる。飲み物は緑茶にしたが、かなりいい組み合わせだと思う。とてもおいしい。

 窓の外を見る。空は青く、学校は賑やかだ。今はちょっと逃げ出してきたが、私もあの中にいたのだ。不思議な気持ちになる。

 ふと、下のほうから人の気配を感じ、静かにのぞき込む。あ、入江君だ…それと、確か同じ学年にいる女の子。
 ちょっとまずいものを見た気がして、すぐに頭を引っ込めて視線を遠くへ飛ばした。私は二人が会っているところしか見ていない、何を話したかは知らない、今どうなっているかも知らない……よし、私は何も知らない。

「………もしかして、後夜祭、入江君はあの子と一緒かしら?」

 別に、入江君と一緒に過ごす約束をしたわけでもない。その必要もない。でも、なんだかこのまま参加しても楽しいことはない気がしてきて、ついでに凄まじい眠気が襲ってきて、つまり面倒になったので。

「『先に寮に戻ります。寝てたら起こさないでください』……我らが部長に連絡したから、あとは彼女がどうにかしてくれるわ、うん」

 寮の自室へと戻り、衣装を脱ぎ捨てて布団に横になる。さすがに疲れていたらしく、そのまま意識は飛んだ。



一生懸命にさみしい