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「#エロ」のBL小説を読む
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 着る制服がセーラー服からブレザーとスカートに変わった。タイはリボンになって、毎朝結ぶ手間が減った。

「やあ、宮間さん」
「おはよう、入江君」

 私たちは高校生になった。入江君は相変わらず学ランだ。それでも身長が伸びて、昔より大きくなった。

【B+Pの新作、聞いた?】
【聞いた!歌詞が最高!】

 周囲がギョッとする。それもそうだ、私たちの会話はイタリア語でなされているのだから。
 あれからさらに入江君のイタリア語は上達した。簡単な会話なら、ネイティブスピーカーに引けを取らない。分からない単語は辞書を引き、私に発音を習いながらではあるが、上出来である。

【選択授業、嫌だなあ】
【む…"選択"、選択授業だね?宮間さんは文系にするんだっけか】
【数学が出来ないから選びようがないわ】
【数学、楽しいけど…】
【じゃあ世界史取る?】
【それは僕には向いてない】
【それと同じよ。…入江君がいないから、ちょっと暇なの】
【…………】
【照れないでよ、もう】

 入江君がため息を吐く。これが白旗の合図。どうやら、今日のイタリア会話は終了らしい。

「そういえば、宮間さんは部活動するの?」
「…合唱部にしようかな」
「歌うの?」
「オペラってイタリア語が多いでしょう?たまには、母国語の歌が歌いたい」
「そっか、いいね」

 僕たちはオペラってあまり馴染みがないんだよな…という入江君に、あなたはどうするの、と聞いてみる。

「理科部かな…ロボットに興味があってさ」
「それは中身?外見?」
「どっちも。自分でデザインして、動くように作り上げるのって楽しそうだから」
「へえ…すごいことしようとしてるなあ、それに最先端まで突っ走れそう」
「素質があるか分からないけれど、やれるとこまではやるよ」

 そう言った彼が高校在学中にロボットの大会で世界まで飛び立ってしまうとは、本当に面白い話である。"見た"ので知っているが、そこは教えてあげない。




 放課後、今日は部活がないのと、気が向かなかったという理由で寄り道することなく寮の自室へ戻る。予習復習をしっかり行い、夕食を取り、寝支度をして布団へ入る。意識的に目を閉じ、"歩き出す"。

 景色が青空と一面の花畑に変わる。

 しばらく歩いて、一人の女の子が花冠を作っているのを見つける。彼女がこちらを向き、

『おねえさま!』

パタパタと駆け寄ってくる。私も歩くスピードを速めて、

『久しぶり』

飛び込んできた妹を抱きしめる。少し大きくなった。嬉しくて、頭をわさわさと派手に撫でた。


 二年前に別れた妹が、最近"世界を飛ぶ"ことを覚えた。そのおかげで私たちはこうやって、実体はなくとも会うことが出来るようになった。

『おねえさま、聞いて!今日はこんなに上手に花冠作れたの』
『上手ね、私はちょっと不器用だから…ユニが羨ましいわ』
『でも、おねえさまはお歌が上手よ。ねえ、また歌ってほしいな』
『…Le cose di ogni giorno, raccontano segreti ――――』

 童謡を口ずさむ。懐かしき調べ、思い出されるは母の歌声。とても昔のことの様に思えるけれど、まだ二年しか経っていない。こんな短期間で懐かしさを感じてしまうのだから、私が大人になったときには、イタリアのことなんて忘れてしまっているかもしれない。

『そうしたら、遊びにくればいいの』
『ユニ?』
『おねえさまは自由。だから、自由な間に、やりたいことをやったらいいわ』
『………ごめんね』
『どうして?』
『私が、代わってあげられたら良かったのにね。そうしたら、何もかもひとまとめで済んだのに』

 妹がしばし言葉を失う。きっと、この瞳の奥ではいろいろな思いが渦巻いて、荒れ狂っているのだと思う。私もそうだった。折り合いをつけて、日本に来た。妹は、まだきっと折り合いがついていない。それでも――――彼女は笑った。

『これが私の生まれた意味だから。――――おねえさまだって、そう思ったんでしょう?』

 そうよ、そう言って妹の頭を撫でれば、妹は抱き着いてくる。

『おねえさま、心配してくれてありがとう。私は大丈夫』
『ユニは、とっても頑張っているわ。良い子ね』
『おねえさま、寂しくない?』
『友達ができたの。だから、寂しくないわ』
『そう…私も、今はお母様、これからはみんながいてくれるから平気』

 妹が、スーツを着た沢山の厳つい男性たちに囲まれて笑っている姿が見えた。…一目見るとちょっとやばそうな雰囲気ではあるが、金髪の青年が膝をつく。ちょっぴりガラの悪そうな兄弟も。彼らの中で、妹は笑っている。偽物ではない、屈託ない柔らかな笑顔。
 たぶん、大丈夫。

『そろそろ寝ないと。今日も学校に行くの』
『私も、晩御飯食べないと』

 じゃあね、ユニ。

 目を開けると、住み慣れた寮の天井が見えた。

 涙を拭い、朝の支度を始めた。


いつか会いたいときに会えるといい