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 ここは雄英高校職員室。
 
 今日私が担当する授業はすべて終わり、私はひたすらPCに向かってキーボードをたたき続けている。季節は夏直前――――期末テストのシーズンだ。

「ぐぬぬ…時間…社会科科目の学習時間が…普通科の子たちに比べて足りない………社会に出て情勢を理解するにはある程度歴史・公民・政治の知識がないと困る…うーん…」

 社会科科目、特に世界史や日本史といった純粋な歴史系は、ヒーローをするのに不必要だとないがしろにされがちだが、人間が物事を起こす以上歴史は繰り返されるのだ。古代ローマの戦法が近代戦で使いまわされたことがあるように、私たちの日常生活も先人が行ってきたことを繰り返していることは多々ある。
 過去を学ばなければ新しい見地も無いのだ、だから高校在学中に何としても知識を身に着けて引き出しを増やしてほしいのだ。我が儘を言うなら大学まで学んでほしいがヒーロー一直線な子供たちにそれは難しい。
 そうなれば、今回もテストは文章を読み込まないと解けないようにして、そこに何とかして初見の知識をぶちこませる工夫をするしかない。2年生は今回世界史分野が少し弱いからそこを――――

「全部駄々洩れだよね!」
「うひゃあああああああ!」

 突然首筋に冷たい襲撃を受けて思わず叫ぶ。状況確認!と慌てて周囲を見渡せばもう誰もいない職員室、そして後ろを振り返れば誰もいない。え?お、おば、オバケ…?!

「もうちょっと下だね、佐倉くん」
「っ……あ、校長」

 視線を下にずらし、ようやく見えたのは根津校長だった。竿に保冷剤が付けてあるものを持っている。つまりオバケではない。ああ、今日も瞳がキュートで毛並みが美しい。

「定時はとっくに過ぎてるよ。まあ、君のマッドサイエンティストな服装で世界史について呟き続ける姿は誰も声をかけたくないと思うけれど」
「うっ…」
「テストが近いからね、しょうがないのさ!」

 今日はもう帰るのさ、と言われたので大人しくPCの電源を落とす。机の整理を終えた時、声をかけられる。

「ねえ、佐倉くん――――いや、エルセロム」

 いつの間にか校長は隣、ミッドナイトの椅子に座ってこちらを真っすぐ見据えていた。何かあると察知した私も、姿勢を正して向き合う。

「これを機会に、ヒーロー科専門科目を持つ気はないかい?」
「………」
「君は教員免許を持つ。しかも取得して5年間教育に携わった経験がある。正直、『佐倉成実としては』ヒーロー科の教師の中でもベテランの部類に入るんだよね。
 ヒーロー専門科目を教えること、ヒーローそのものを育てることは未経験だ。それでも充分君はこの社会の後継者たちを育てている。でも、今以上に君の力を引き延ばすために、後継者たちを育て上げるために、エルセロムとして雄英教師になれたら良いと思うんだよ」

 まあ、考えておいてね。

 そう言って、校長はぴょこんと椅子から立ち上がり、職員室から出ていった。




 私服に着替え、とぼとぼと一人帰路をたどる。

 校長が言いたいことは分かる。

 私は今まで、佐倉成実という社会科教師と、エルセロムというヒーローを分けて考えてきた。
 ヒーロー免許を取得して高校を卒業し、大学に進学して教員免許を取った。大学在学中だってヒーロー活動こそしていたが、それはエルセロムであった時間であり、日中のほとんどは佐倉成実として学生をしていたのだ。社会人になってヒーロー活動をしながら教職のキャリアを積めたのも、ヒーローとしては事務所も持たずふらっと活動し、教師としては非常勤講師として教鞭をとっていたからこそだった。
 つまり、私は1つの身体で2つのことを私なりにはっきり分けていたのだ。それは褒められたものではない。何せヒーローとしてやっていくには無駄が多く、教師としてやっていくには無理が多かった。実際、雄英に赴任してからはほとんど教師に傾きっぱなしだった。

 今の私は、佐倉成実でありエルセロムだ。教師とヒーローを1つにしようとしている。ヒーローとして教師になるなら、ヒーローの教育は欠かせない。それは分かる。分かるのだが。

「……私は、…」

 どうしても、答えを出せない。うまく言えないが、自信がないのだ。何に自信がないのだろう。どこが不安なのだろう。

『ん、佐倉ちゃん、それは、アレだ。――――パス』
『ヒーローとしての経験不足。成実ちゃん、大学卒業後は非常勤講師として教師をしながら空いた時間にヒーロー活動してたって話だったっけ。…うーん、3つ下の代は学科を問わず凄い子がいっぱいいるって聞いていたけれど、成実ちゃんもそのうちの1人ね』

 帰宅早々に連絡を取り、夕食後に突如始まったグループ通話。私の相談に乗ってほしいというお願いに秒で集まったプレゼントマイク、ミッドナイト、イレイザーヘッドという先輩方に大感謝だが、皆さん良い年なのにそれでいいのだろうか。イレイザーヘッド――――相澤先輩については暇なのに来てくれなかったら殴り込みに行っていただろうが。流石に忙しかったら文句は言わない、ノット理不尽。

『大学在籍中は学生の合間にヒーロー活動。サイドキック活動の経験がないのは俺と同じだな』
「…え、相澤先輩、サイドキック活動したことないんですか?!」
『ん?そうだぞ!知らなかったのか』
「だってマイク先輩も相澤先輩もそんなこと全く教えてくれなかったじゃないですか!」
『お前も聞かなかったろ』
「そーうーでーすーけーどー!」

 何だこの突然の新情報。私の相談会なのに私の知見広げ会になってきている。頼む待ってくれ。

『成実ちゃんの経歴は正直ヒーローの中では異質に突き抜けているから、確かに生徒の参考にはなりにくいわね。でも、同じく参考にしにくいイレイザーがちゃんと先生やれているんだから問題ないわ!誤差よ、誤差!』
『HAHAHA!確かに!』
『マイク』
『うっ――――まあ、佐倉ちゃん、心配は要らねえ!今までちゃんと社会科の先生やれてんだから、あとは"ヒーロー科"の先生になるだけだ!それはこれから経験積んでいけばいい!Plus Ultra!』

 睡先輩の発言で元の軌道に戻った会話は、的確な発言をもたらした。しかもマイク先輩から。びっくりだ。

 じゃあ俺、生放送行ってくる!という本日の最優秀アドバイザーの声でグループ通話は解散。先輩たちにお礼を言って通話は切れ、私は一人、座椅子の背もたれに寄りかかり――――突如鳴り出した電話に応答する。

『成実』
「はい」
『個性の扱いについて人に教えるのは、確かにお前にとってかなり勇気が必要な内容だと思う。違うか?』
「違いありません」
『ならば、そこに不安を感じなくなるその日まで、無理をする必要はない』
「――――はい」

 じゃあな。ありがとうございます。そのやり取りをして電話は切れる。顔が熱い。体温が上がる。

 訂正だ。本日の最優秀アドバイザーは、間違いなく彼氏様だった。



 翌週の初め、私は校長に返事をする。

「もう少し、待っていただけますか」

 校長はしばし沈黙し、穏やかに言った。

「そうだね。君の過去を鑑みれば、それは当然だ」

 ゆっくり考えなさい、という優しい言葉に私は頭を下げた。


1つ乗り越え また課題


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