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 カシャーン城塞に到着したその日の夜は、城主の温情で歓迎の宴となった。

 会場に案内され、イシュラーナはギーヴの隣に腰を下ろす。殿下やダリューンのそばに座らなかったのは、ホディールと距離をとるためだ。

――なんだかさっきから本当に視線が痛いんだよなー、

 下ろした紺の髪でホディールの視線を躱しながら、料理に手を伸ばす。エラムくんが興味津々だが、それは私とて同じ。今までに見たことのない豪華な食事。日頃作ることのないレシピから初見のものまで沢山あり、つい言ってしまう。

「これ作れるようになりたい…」
「気持ちはわかるが今は我慢しとけよ」
「うぐっ」

 欲と現実の差に葛藤しつつ、侍女から受け取ったシャーベットを食べる。むっ…これはザクロのシャーベット…アーモンドと糖蜜が入っているのか……。

「リンゴで作るならレモンも入れればきっと美味しい…」
「イシュラーナ、戻ってこい」

 ギーヴさんに肩を叩かれる。不満だ。
 そんなに現実からかけ離れた様に見えるのだろうか。まあ確かに思考は料理しか考えていなかったけど。殿下、という声がしたので丁度良いと意識を殿下の方へ向けると、ホディールがつやつやした顔で殿下に顔を寄せる。

「私には息子がおりませんが娘がおります」

 シャーベットを口に運ぼうとした手が止まる。すぐ止まったことに気づいてそれとなく口に運ぶ作業を再開したが、味よりも会話に意識が向かう。

「年は13。これがなかなかの器量良しでしてな。いや親バカと言われるかもしれませぬが」

 いや、親バカだろ、と隣のギーヴさんが呟く。そうかもしれない。

「もし殿下のお側に仕えさせていただけるなら娘にとってもこれ以上の幸福はございませんな」

 殿下が咳き込む。かなり動揺していらっしゃるなぁと思いつつ、私も落としかけたシャーベットをギーヴさんに寸でのところで捕ってもらう。そしてシャーベットは彼に盗られた。

「殿下も御年14。そろそろ妃のことなどお考えになられては…お望みとあらば、今すぐここに娘を呼びましょう」
「くっ…国が混乱している今それどころではない!」
「では落ち着きましたら…」

 胸が痛い。ズキズキする。
 俯き気味な姿勢で料理を見る。長い髪で表情が隠れるのをいいことに、困惑の表情を出した。なぜ、私はこんなことでこんな風になっているのか。
 もう料理とかそんなものはどうでもよくて、先ほどの会話と自分の心理が頭をぐるぐる回る。どうして、とかどうした、とかそんな言葉が喉から出そうになった時、隣からずい、と空の器が差し出される。

「シャーベット美味かったな」
「っ………――てか食べたんですか?!私のシャーベット!」

 横を向けばギーヴさんがいやつい、という言葉とウインクを送ってくる。気を遣ってくれたのか、と理解した頃には出て行った殿下に付いて外へ行ってしまい、私は文句もろくに言えずに座り直すしか無かった。だが、

――助けてくれたんだな…完全に…

 "こういう場所"での思考の循環は立ち止まること、場合によっては自己の破滅を意味する。彼はその状態に陥った自分を瞬時に判断して助け舟――いたずらをしてくれたわけで。
 あとで礼を言おう。そう思いながらイシュラーナは顔を上げて次の料理に手を出すのであった。


碌でもない話


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