私は西日に照らされて輝く城壁の上に立っていた。懐かしい光景だ。昔、義父とお散歩した時についてきてもらった場所。
気配を感じて振り返り、思わず目をみはる。
『――父さん』
死んだ父が、あの日と変わらぬ甲冑姿で立っていた。私は認識すると同時にほぼ反射で義父に抱きつくと、義父は私を抱きしめ返す。
――ああ、
涙が溢れる。頭をあのゴツゴツした、優しい手が撫でてくれる。
『お前は、ようやく人を頼ったな』
『…はい』
『誰かを頼ると、気が楽になるだろう』
『そうですね。ここ最近の真っ暗な感覚が嘘のようです』
『そうやって人と助け合うことは、どのような動物にも欠かせない。そのことを、もう忘れないように』
『はい、父さん』
父さんが身体を離す。涙を拭ってもらうと、自然と涙が止まる。
『大きくなったな、我が愛しき娘よ』
手を伸ばすが、もう届かない。
『先に行く。お前も、幸せになるのだぞ――イシュラーナ』
「……」
父さん、と言いかけて目を覚ます。周囲を見渡すと、仮眠をとるダリューンとナルサス、ギーヴと攻防戦を繰り広げるファランギースが見えた。ファランギースはこちらに気づくと、先ほどまで絡まれていたギーヴをなかったように無視してこちらへやってくる。
「目が覚めたか、イシュラーナ」
「はい。…どれくらい眠っていましたか」
「そんなではない。先ほどそなたの義従兄殿と軍師殿が寝たばかりでの」
イシュラーナがファランギースの示すところを見ても、かなり深い睡眠にとらわれているらしい二人が目覚めることはない。
「そんなことよりイシュラーナ殿とファランギース殿、俺が歌でも「ファランギースさん、殿下は?」俺の人権は?!」
ギーヴが何か言っているのをファランギースに見習い華麗に無視して見せたイシュラーナ。外に居る、と言われて立ち上がった。
フードを被って外に出て、ちょっと歩けば殿下はすぐに見つかった。
「殿下」
「イサラ。…おはよう、かな」
外に転がる丸太に座って何処かを見ていたアルスラーンはイシュラーナに隣の席を勧める。イシュラーナは遠慮せず彼の隣に座る。なんせ昔から街でよく彼の隣でご飯を食べたりしている、今更遠慮など不要だ。
「イサラ。…だいぶすっきりした顔になったな」
「…義父が、夢に出てきて」
「話せた?」
「はい。やっぱり私はまだまだ子供です。でも、顔を見ただけでとても安心できました」
「そうか。…そういうものか」
久々に偽りの無いすっきりした笑みを浮かべるイシュラーナに安堵しながら、アルスラーンはまた空を見上げた。
イシュラーナはその隣で彼の横顔を見る。ふと思ったことを言ってみる。
「殿下は、辛く無いのですか」
「…それは、辛い。でも、私にはイサラやナルサス達がいるし、それに前より仲間が増えた。だから、楽しいことも増えている」
「そうですか」
「昔のような平和さは確かに無い。…ただ、この状況だからこそ得たものがある。私はそれを大切にしたいと思う。そのためにも、わたしはどんな辛くて険しい道であろうと、パルスを奪還してみせる」
思わず感嘆の溜息をつく。
この人は分かっているのだ。自分が取り巻かれる現状を見て、その中で幸せを見つけ、目的を見つけている。それに、
「もしも私が辛くて仕方なくなったら、イサラはきっと私を支えてくれるだろう?」
彼はちゃんと人から頼られ、また頼ることを知っている。
本当に、同い年とは思えぬ大人っぷりだ。
「はい。もちろんです、殿下。というか、臣下である以前に殿下のお友達なのです。困った時に助けるのは当たり前ですから」
「…そうだな。うん」
「………?」
何故かちょっと不満そうな顔をしているが気にしなくてよさそうなので気にしない。
ごまかしも兼ねて、ちょっと笑う。
「大丈夫ですよ、アルスラーン様。たとえ貴方が友達でなかったとしても、きっとこの地上で忠誠を誓おうと思えるのは貴方くらいですから」
殿下は目を見張り、それから照れ臭そうに笑う。
「ありがとう、イサラ」