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 某日、パルス某所。

「さて、隠れ家も見つかったことだし、私はエクバターナの様子でも見に行こうと思う」

 カーラーンの包囲網を突破し、エクバターナ近くに拠点を確保したアルスラーン一行。その中で一番の智恵をもつ未来の宮廷画家、ナルサスは宣言した。

「ダリューンにはついてきてほしい。殿下はイシュラーナ、エラム、ファランギース殿、ギーヴと一緒にここで待機していてください」
「待って!」

 イシュラーナはナルサスの腕を掴む。

「私も連れて行ってください」

 そして、ダリューンの琥珀色の瞳を見た。ダリューンは1人、納得の表情を浮かべる。彼の脳裏に浮かんだのは、彼女がここに持ってきていない、過去と今をつなぐために使った二つの道具。

「…そうだな、お前は確かに忘れ物をした。命綱とも言えるものをな」
「ええ。なので、どうか連れて行ってください」

 訳がわからなさそうなナルサスに、ダリューンが連れて行ってやってくれないか、と頼む。イシュラーナもお願いします、と続ける。

「どうしても回収しなくてはならない忘れ物があるのです」



 王都の騎士街にあるヴァフリーズ邸。そこは今、ルシタニアの兵舎となっていた。屋敷はルシタニア兵によって汚物まみれになっており、正直目も当てられない状態だ。
 その中を一人の兵士が歩いていた。顔は赤く酒の匂いがしたが、腰に剣を吊るし、確かな足取りで自分に充てられた部屋を目指す。

 その光景を、天井裏から見ている二つの紅い目があった。その目の持ち主のローブの中は特徴的だった。ひとまとめに結われた髪の色は紺色、フォレストグリーンの上衣には太く折り返され、ボタンで留められた白い袖という特徴的な袖口が。紛れもなくこの屋敷の住人であった人間、そして養子ではあるが直系という理由から今ではこの屋敷の管理権を持つはずのイシュラーナだった。

「む…やはり汚い。確かに私はもともとルシタニア出身だが、ここまで汚い野生的な生活はしてなかった」

 ボソボソとルシタニア語で悪態を吐く。パルス語でも良かったのだが、何となくイシュラーナにはルシタニア語で悪態をついた方がこの場は合っている気がしたのだ。また、もしばれてもルシタニア語を話しておけば身元は割れないかもとも思った。さすがにルシタニアのスラングまで余裕でわかるのだから、いきなり敵だとは判断しないだろう。

「久々に使ったけど、訛る気配も無いわね。これだったらルシタニア兵にもルシタニア人だと思い込んでもらえるかしら?」

 一人呟いて、あ、と声をこぼす。
 いい手段が頭に浮かんだのだ。

――うん、行けそう。やれる。

 イシュラーナは天井裏から飛び降りる。そして音もなく着地を果たすと、前を行く兵士に声をかける。

「こんばんは」
「!」

 前の兵士がパッ、と振り返る。こちらを凝視して、当たり前だが誰かわからなかったらしい。訛りのあるルシタニア語で質問してくる。

「誰だ?言葉はかなり"上手い"ようだが」
「あなたに名乗る名前などあるわけが無いわ。言葉が"上手い"のは言うまでも無い、あなたが"下手"すぎるだけ」

「――失礼いたしました!何用でありますでしょうか!」

 イシュラーナはフードの下、口で弧を描く。

「パルスがルシタニアになる前、この屋敷に間者として私の部下を派遣したのだけど、出来が悪いのか帰ってこないのよ。だから生死だけでも確認しようかと思ってね。生き残ったこの屋敷の使用人の部屋はどこかしら?」

「はっ!ご案内いたします!」

 兵士が再び歩き始める。うまくいった、と内心でほくそ笑んでいるのは内緒。

 さて、何故このような流れになったのか解説しよう。
 文化圏で生まれる以上、どんな言葉にも訛りがある。首都もしくは王都から離れれば離れるほどその言葉が変わり、方言を生み出すのだ。私が話すルシタニア語は正統な、それこそ王族や最上級の貴族が使う"上手な"ルシタニア語。だから、その言葉によって兵士は自分をお偉いさんの誰かだと勘違いしたのだ。
 本当は軍がきちんと統率できていればこのような失態はあり得ないのだが――まさかフードの中を確認しないで早とちりとは本当にマヌケだ――お陰で私はすんなりと目的を果たせそうだ。

「案内はいらない。場所だけ教えて?」
「は、しかし――」
「場所を教えなさい」
「はっ!地下室に全員閉じ込めてあります!」
「分かったわ。では行ってよし。ありがとね」

 兵士は頭を下げてから踵を返し、そのまま立ち去ろうとする。その油断した隙を狙って、イシュラーナは瞬時に距離を詰めると鞘に収めたままの細剣で兵士の背後、首のあたりを思いっきり叩く。

「がっ――」

 ドサリ。気を失って倒れた兵士を通路の端に転がし、イシュラーナは剣を再び腰に差した。

「油断は兵士の大敵。舐めるべからず。あと、呑み過ぎ」

 ルシタニア語で呟いて、通路を再び歩き始めた。

――先に"忘れ物"を回収して、その後皆に会いに行こう

 スタスタと、しかし敵に見つからないよう配慮しながら自宅を歩き進む。そして自分の部屋にたどり着いた。漂ってきた悪臭に、思わず袖で口元を覆う。

――死体置場か!

 袖で口元を覆ったまま中に立ち入る。主だった家財道具は全て持ち去られ、あのお気に入りだったダークオレンジのワンピースも、買ってもらった本も全てがなくなっていた。無くなったものの代わりに、死体の山が置かれている。

 覚悟はしていたが、悲しい。自室なのに、それは欠片もなく破壊されてしまった。

「…」

 唇を噛み締めながら暗い部屋の中を歩き、ベッドがあったあたりの死体を転がして退ける。見えにくい地面をさすり、細い溝が指に当たる。溝に片手をかけ、それなりの力で横に引っ張ると、ゴリゴリと音を立てて石の床板が滑る。3分の2ほど開けて中を漁ると、手に冷たい金属と布地の感触があった。それを引っ張り出すと、現れたのは銀の細剣と緑色の弓、備え付けの矢。

「お久しぶり」

 数年前のあの日、自分の命を救いヴァフリーズと結びつけた剣と弓――"忘れ物"とは、このことだ。
 弓を背負い、慣れた手つきで剣の紐を結ぶと、それを肩にかけた。変な感覚だが、今は仕方がない。邪魔になるから2本も腰に吊るせないし。
 床板と死体を元に戻し、イシュラーナは音も立てず外に出る。そして、次の目的地へと歩き進む。

 道のりの大半を誰とも会わずに進んだ。配置されている兵士は少ないようで、だいたいはうまくやり過ごすか気絶させることで対処できた。

――あとはそこの階段を下りるだけ。

 サッサッサと廊下を進み、曲がり角で向こう側の様子を伺う。誰もいない。

「よし…」

 忍び足で階段に入る。半分を降りた頃から、なにかごちゃごちゃと、ルシタニア語で何かを言っているのが聞こえてくる。下手なルシタニア語で、恫喝のような感じ。

 これはどうやら、使用人達はちゃんと生きているらしい。そう思うと張り切って、より一層気配を消して先を進む。

 階段を下りきり、地下室の中に入る。幸いドアは開けっ放しで、恫喝しているルシタニア兵がよく見えた。

――さあて。

 イシュラーナは右手を剣の柄にかけた。

言葉とは不思議なもの


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