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 翌朝。

「…ん」

 多少身じろぎしてから、イシュラーナは目を開けた。黒い布と毛布、机が見える。目をこすりながら起き上がれば、朝食の支度をするいい匂いと、昨日座っていた位置に毛布を被って眠るナルサスが見えた。もしやこの黒い布は、と思って後ろを向けば、やはりダリューンが座った姿勢で眠っていた。どうやら、自分は兄の膝を枕にして眠っていたらしい。

――どーりであったかいわけだ…

 経験上、寝ているダリューンを動かそうとすれば警戒心と殺気を振りまいて身構えるのを知っているので、下手に動かさず、兄に毛布をかけ直してイシュラーナは立ち上がった。髪を適当に手櫛で解き、厩へ向かう。そこにいたシャブラングと自分の馬――ヴィルミナに朝食を与えようと思ったのだ。しかし、もうすでに朝食を終えた姿の二頭と見知らぬ一頭がそこにいて、これはエラムくんのおかげか、と一人納得した。見知らぬ一頭は多分アルスラーン殿下が拾ったのだろう。

「おはようヴィルミナ、シャブラング。疲れは取れた?新人くんは…良くわかんないや」

 ご機嫌そうな返事がいつもの二頭から返ってくるあたり、この二頭はどうやら好調らしい。新人くんはわからないけど多分元気。馬用ブラシでブラッシングして、水を替えてから山荘へ戻った。



 裏口のドアを開けると、鍋をかき回していたエラムがこちらを見た。

「おはようございます、イシュラーナ様」
「おはようございます、エラムくん」

 イシュラーナは頭を軽く下げた。挨拶をするときの彼女の癖だ。身分関係なく、誰に対しても発動する。癖とはいえ頭を下げられたエラムは多少驚きながら彼女を見ていた。イシュラーナが顔を上げると、今度は困ったような笑みが彼女の顔に現れた。

「馬のお世話、ありがとうございます。本当なら私も何か手伝うべきなのでしょうけど」
「別に要りません」
「そうですよね…そうだ、ナルサス様はもう起きてますか?」
「起きていらっしゃいます。昨日食事をとった部屋にいますよ」
「ありがとうございます」

 何かあれば呼んでください、と言い残してイシュラーナはキッチンを出て行った。エラムは、何と無く彼女の後ろ姿を見送った。

 イシュラーナが今朝目覚めた部屋に戻ると、ダリューンもナルサスも起きていた。

「おはようございます、兄さん。ナルサス様も」

「おはよう」
「おはよう」

「おはよう、イシュラーナ」
「おはようございます――え?」

 自分の視野にはいなかった人間からかけられた声で横を向くと、そこにはアルスラーンがいた。

「アルスラーン殿下!」

 イシュラーナは飛びついた。流石に抱きついたりはしないが、アルスラーンの前に駆け寄ると座り、身を乗り出す姿勢になった。

「お怪我はされていませんか!」
「ああ。イサラも無事でなによりだ」

「良かったぁ…」

 イシュラーナは落ち着きを取り戻して姿勢を正した。目尻を拭うと、あ、とふと何かを思い出したかのようにナルサスを見た。

「あ、そういえばナルサス様」
「俺は俗世の人間では無いから、そんな堅苦しくなくていいぞ」
「はい。――ナルサスさん、そろそろカーラーン麾下の人間がここへ来ます」
「何故だ」
「私がわざわざカーラーンの城の近くを通ってここまできたからです。一緒にいなかったので知りませんが、ダリューン兄さんも通ってきていると思います」
「なっ」

 ナルサスが引きつった顔でダリューンを見ると、ダリューンは笑顔だった。

「この悪党め!!最初から俺を巻き込むつもりでわざと奴らの目につく道を……」
「ナルサス、ひとえにお前の智略を尊しとすればこそだ。こうなったからには『芸術』とやらは諦めて殿下にお仕えするのだな」

 うぬぬ…と呻き声を上げるが、ふと気付いてイシュラーナを見る。

「イシュラーナ。何故ダリューンがカーラーンの城の側を通ってくると予測できた」
「え?…何と無く?」

「こやつらめ…」

 ナルサスは思わずため息をつき、額に手を当てた。

――恐ろしい義従兄妹が来てしまったものだ!

敗者の朝


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