キン――
金属の音が響き、がっかりした顔のアルスラーンの手から剣が飛ぶ。宙を舞う剣は次第に落下し、勢いを持って地面を目指す。その落下点付近に立つ紺の髪を束ねた少女は、自分の持つ細剣を抜いてその動きで落ちてくる剣を再度跳ねあげる。ゆっくり回転しつつ、高度を上げずに落下してくる。そして、自分の方に柄が向いた時にキャッチした。
「はいどうぞ、殿下」
「はあ…ありがとう、イサラ」
「父さんはむやみやたらに剣を跳ね飛ばさないの。侍女に当たったら大変でしょう」
「うむ…」
まあ稽古なのは分かるんですけどね、とイシュラーナは剣をしまって肩をすくめる。アルスラーンは荒い息を整えながら愚痴をこぼした。
「またか…何度やってもだめだ…」
「そんなことはございませぬよ。確実に上達しておいでです、アルスラーン殿下」
「そうですよ。だって跳ね飛ばされるまでの時間が伸びてますから」
「このザマでそんなこと言われても実感が…。戦にでも出ればわかるのだろうけれど」
「そうですな。我がパルス王国に今戦を仕掛ける輩がいるとは思われませんな」
「良いことです。殿下のご活躍はまだ先になってしまいますが」
アルスラーンに持ってきたタオルを手渡していると、侍女がヴァフリーズ宛の辞令を持ってくる。ヴァフリーズが辞令を受け取り、目を通している間にいつも通りお茶の準備でもしようと考えていたところ、ヴァフリーズは驚きの声を上げた。
「戦が始まるようです、殿下」
イシュラーナとアルスラーンは驚きの表情になった。
パルス歴三二〇年の秋。
ルシタニアがマルヤムを滅ぼし、パルス王国に侵攻した。これにおいてはパルス王アンドラゴラス三世が自ら軍を率い、侵略軍を討ち果たさんとアトロパテネへ出陣。
この時、王太子アルスラーンは初陣する。また、大将軍ヴァフリーズの義娘、女騎士イシュラーナも同時に初陣することに。共に14歳のことであった。