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 とある日の昼食。朝の剣稽古を済ませ、早めの昼食を食べていると、ヴァフリーズがイシュラーナを呼んだ。

「何ですか、父さん」
「今日は早あがりできそうでな。だから、戦に行く前に散歩にでも行かぬか?」
「行きたいです!行きます!」

 イシュラーナは目を輝かせた。今は戦の直前。ましてヴァフリーズは大将軍だ、休暇が取れるなど思ってもいなかった。なので、イシュラーナは嬉々として昼食を食べ終えた。そして満面の笑みで再び外へ向かうヴァフリーズを見送った。


 夕方より少し早い時間。
 ヴァフリーズが帰ってきて、外に行こうと声をかけてきた。リビングで本を読んでいたイシュラーナは着替えるために自室へ戻り、ダークオレンジのワンピースに着替えた。靴もいつものブーツではなく、ショート丈のブーツにしたが、髪はいつも通り結った。

「お待たせしました、父さん」
「問題ない。――その色もよく似合うな」

 いつもの厳格な雰囲気が霧散し、表情筋を緩ませた父の姿を見たイシュラーナは、そうでしょ、と一回りして見せた。

「では行くか。――外出してくるから留守を頼む」
「行ってきます」
「いってらっしゃいませ」

 ヴァフリーズが使用人に言い、イシュラーナは手を振って家を出た。

 城壁から景色が見たい、と言えばヴァフリーズは喜んでついてきてくれた。街を歩き、城壁への階段を登り始めたとき、ヴァフリーズが口を開く。

「どうだ、王宮は。楽しいか?」
「はい。アルスラーン様にはよくしていただいてます。それに、お友達というのは嬉しいですね」
「…そうか」

 ヴァフリーズは笑みを浮かべていた。だが、そこに憂いの感情があることを、イシュラーナは見逃さなかった。

「父さん、何か心配事でも?」
「…別に、イサラには心配事はない」
「では、殿下ですか?それとも陛下ですか?まさか兄さんでは」

 そう言ってみるが返事はなく、無言の時が続く。階段を登り終え、西日に燃える城壁の頂上へたどり着いたとき、背を向けた義父から想定外の発言を聞いた。

「イサラ、お前に殿下はどう見える。国王夫妻のどちらに似て見える」

 イシュラーナは目を見張る。強い風がイシュラーナのワンピースをたなびかせ、結っている紺髪が揺れた。しばらくして息を無意識で止めていたことに気づいたイシュラーナはゆっくり深呼吸をして、答えを発する。

「私は…どちらにも似ていないと思います」

 ヴァフリーズは無言で続きを促す。イシュラーナは、必死に頭の回転を速めて自分がなんとなく思っていたことを言葉へと変えていった。

「アルスラーン殿下の顔…特に耳と目は、どちらにも似ていない。目は瞳の色、形に関してはどちらとも。血がつながっていないと言われれば納得するほどに」
「…そうか。そう思うか」

 ヴァフリーズはこちらを向いた。感情を感じさせぬ表情で、イシュラーナを見つめる。

「お主は、それでも殿下"個人"に忠誠を誓うか?」






「…何を言っているのですか、全く」

 西日が更に傾き、風が強まる。放たれる光は赤みを増して、深紅の瞳を明るい赤に変えながらイシュラーナは義父へ微笑みを返す。

「当たり前でしょう。殿下は私にとって掛け替えのない友であり、すべてをかけて忠誠を誓うと決めたお方です。そんな些細な疑問で私は仕えるお方を変えたりなどしません」

 はっきりと容赦なく言い切ったイシュラーナに、ヴァフリーズは笑う。ひとしきり笑って、いくらか緩んだ表情で義娘へと言った。

「そうか。では、お前の進路は騎士に確定だな。最近学術書ばかり読んでいると殿下から聞いていたから、てっきりそっちに行くのかと思ったのだが」

 イシュラーナはぽかんとしたが、言葉の意味を理解して、満面の笑みで頷く。

「私は剣にかけて、殿下の為に尽くし、殿下の命を守り通してみせると誓います。それに――」
「それに?」
「私には文官は向いていません。だって、国全体を考えるより一部を考える方が得意ですから」

 苦笑する表情が夕日に照らされる。ヴァフリーズは満足そうな顔をして、イシュラーナの頭を撫でる。

「この先どんな困難が待ち受けていようと、お主なら道を切り開ける。存分にその力を使え。ただし、一人で抱え込まないようにな。困ったらダリューンや、仲間を頼れ」

「はい、父さん。約束します」

 あの日、ボロボロの状態で拾われた異国の娘の姿はもう無かった。そこにあるのは、凛とした笑みを見せる、一人の女騎士だった。


父娘の会話


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