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「ふんふんふーん…あ、」

 パルス王国、王都エクバターナにあるヴァフリーズ邸。そこに住むヴァフリーズの義娘イシュラーナはリビングの机の上に目をやった。そこにあるのは手拭い。義父に朝持たせたつもりだったのだが、どうやら弁当だけ持って行って満足していたらしい。手に持っていたホカホカの焼き菓子の乗った皿を机に置いて、彼女は窓の外を見る。

「今の時間だと…ちょうど殿下と剣の稽古をし終わったくらいかしら」

 そうつぶやいてイシュラーナは焼き菓子の一部を急いで2つの紙袋に入れて、手拭いの横に置いて自室に駆け込む。王宮へ行くときのフォレストグリーンの服一式に着替え、ブーツを履き、鏡を見ながら紺の髪をポニーテールに結い上げたらマントを羽織る。使い慣れた剣を腰に差し、自室を飛び出すと、先ほどの紙袋と手拭いを回収し、玄関先まで出る。使用人――奴隷がその姿を見て声をかけた。

「イシュラーナ様、お出かけですか?」
「あ、ウードさんおはようございます」

 イシュラーナは笑顔を見せ、駆け足だったのをやめて立ち止まる。

「義父が手拭いを忘れたので、届けるついでに殿下にもお菓子の差し入れをしてきます。大量に焼いたので、後で休憩時間にでもみんなと一緒に食べてください。ダリューン兄さんのは取っといてありますから、問題ないです。リビングの皿から取ってください」
「いつもありがとうございます、皆も喜びます」
「いいの。みんなが喜んでくれたら嬉しいし、いつもお世話になってるのだからこれくらいはしたいわ。――じゃあ行ってきますね、留守を頼みます」

 紺の髪をたなびかせてイシュラーナは表へ飛び出す。ウードと呼ばれた奴隷は、微笑ましくそれを見送った。



 エクバターナ城下を走り抜け、時折かけられる挨拶に応えながら、イシュラーナは城門をくぐる。庭へ向かうか、殿下の部屋へ行くか、どちらか悩んで立ち止まった時、バサッと頭上から音がして上を見上げる。

「あ、告命天使、告死天使」

 スルーシが高度を下げ、バサバサと翼を鳴らす。要求を理解したイシュラーナは手荷物を下ろして腕にマントを巻きつけ、腕を掲げる。するとスルーシは腕に飛び乗って、満足そうに頭を動かした。

「おかえりスルーシ」

 イシュラーナはスルーシを落とさないように慎重にしゃがんで手荷物を取る。そして告命天使に問いかける。

「アズライールは殿下のところよね。スルーシ、アズライールと殿下はどこ?」

 スルーシが中庭の方を向く。イシュラーナはありがと、と一言告げると、中庭へと足を向けた。




 イシュラーナが中庭へたどり着き、

「あ、殿下と父さん」

 目的の人物を見つけると、スルーシは腕から飛び立った。どうやら彼は殿下のところに向かうらしい。本当に殿下は獣や鳥に好かれているなぁ。

「おや、イシュラーナ」
「ん?あ、」

 後ろから聞きなれた男性の声が聞こえ、振り返る。するとそこにいたのは戦へ行っていたはずの男がいた。

「おかえりなさい、キシュワード殿」
「変わりなさそうで何より。殿下もイシュラーナも、相変わらずあやつらー特にスルーシに好かれているな」
「殿下にはかないませんよ」

 イシュラーナは苦笑する。飼い主であるはずのキシュワードより先に殿下や私にスルーシとアズライールが帰還の挨拶をするのはいつものことだ。キシュワードは殿下と父さんに声をかける。

「殿下!ヴァフリーズ殿もお変わりありませんか!」

「キシュワード!それにイシュラーナ!」

 アルスラーンがこちらに気づき、父さんが私に手を振ってくれる。私は微笑みながらキシュワード殿に続いて彼らに近づく。

「こんにちは、殿下。…父さん、手拭いを忘れましたね?」
「おお、すまぬ」
「あとこれは差し入れです。気が向いた時に食べてくださいな。はいこれ、アルスラーン様にも」
「ありがとうイサラ」
「ありがとう、イシュラーナ」

 父さんが嬉しそうな顔をする。食べている時の様子はあまり見られないのだが、受け取った時に見せてくれるこの表情が私は嬉しくてたまらない。私も思わず笑顔になった。アルスラーン殿下はいつも隣で食べては感想を教えてくれる。参考になる意見も多くて助かるんだよね、うん。

「スルーシ!アズライール!飼い主より先に殿下に帰還の挨拶とは生意気な奴らめ!」
「ははは!イサラにも先を越されているであろう、なめられておるなキシュワード!」
「いえいえ、私がなめられているのではなく、こやつらが心の底から殿下とイシュラーナを慕っておるのです」

 会話が進む間に、アズライールが殿下の腕に止まっているのが羨ましかったのか、スルーシがイシュラーナにバサバサと飛び寄っては肩に止まる。

「うわっ――痛いって、スルーシ…ほら、こっちにしてよ」

 マントを再度腕に巻き付け、止まれるようにしてやればスルーシは満足そうに右腕に止まる。イシュラーナは赤い目を細め、スルーシに微笑みかける。

「怪我もせず…良かったね」

 スルーシが羽をばさりと羽ばたかせる。イシュラーナが反対の手で頭を撫でてやれば、気持ちよさそうな雰囲気が見て取れた。

「ご苦労であった。皆、無事か?」
「はっ!当方の損害は軽微にて!」

 義父の声でふっと現実に引き戻される。そうだ、マルヤムの戦の結果を…。

「友邦"マルヤム"に侵入したルシタニア軍を我が"パルス"軍が撃退いたしました」

 キシュワードが跪いて、誇らしげに言う。

 そこにいた全員が、安堵の笑みを浮かべたのは、言うまでもなかった。


紺の髪は王宮へ


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