峰山アンナ
【注意点】
・月刊少年ガンガン10号までのネタバレ
・捏造過多
・夢主固定設定あり
百目鬼女子高等学校の最寄駅から乗り継ぎ、首都中心部からそれ程遠くない、されど閑静な住宅街。その駅前に新設されたカフェチェーン店が今回の待ち合わせ兼、勉強会の会場だった。
峰山アンナはホットのカフェラテを注文し、奥へと進む。店内は店内の常連らしき女性や家族客がちらほら座っているが、幸運なことに同じ制服の生徒はいなかった。よく晴れた午後のうららかな光も届かなさそうな壁側の席に目をやると、その端の席に彼女はいた。
「お待たせしましたあ、ちょっと先生に捕まっちゃって……」
「お疲れさま。待ってないわ」
彼女──苗字名前は手元の本を閉じて、丁寧な所作でコーヒーカップに手をつける。中身は既に半分以上無くなっていて、もう殆ど飲み干すと言っていいくらいだった。峰山は気付かないフリをして、向かいの席に座ると、いそいそと鞄から参考書とノートを取り出す。峰山の遅刻グセは名前も充分(身をもって)知っている筈なのだが、他の人間とは違い特にとやかく言うことは無い。それが「甘やかしている」のか、「興味が無い」のかは峰山には分からなかった。男たちは前者だと思っているようだけれど。名前は航海図のように広げられる参考書に目を落とし、唐突に「いよいよ思うけど、私って必要?」と呟いた。
「えっ、今更!?でも解説読んでも分かんないところあるしぃ……センパイの説明分かりやすいんですよお!」
「ならいいけど。本当は学校や塾の先生に聞いた方がいいのよ。今日は休みだけど……私も一介の大学生だから、あんまりアテにしないでね」
「はーい。で、今日過去問解いてたんですけど……」
都内の私立大学に通う名前は学内でもかなりの優等生として通っているらしく(彼女曰く学力よりも要領が一番大事らしいが)、峰山が希望する学部こそ違うものの来年には受験を控えた生徒相手の塾講師のバイトとしては充分やっていけるんじゃ、と峰山は常々感じていた。言ったところで私は社交的な性格じゃないから無理とでも返すだろうけれど──あるいは、そんな暇無いでしょうと言うだろうか。
本当に普通の女子大生なんですね。
初めて顔を合わせた時思わず口に出た峰山に、名前はそう振る舞ってるから、と僅かに微笑んだ。彼女の笑顔を見たのはこれが初めてだった……そして、未だ更新されていない。
峰山アンナは普通の女子高生。
苗字名前は普通の女子大生。
「急に呼び出してごめんね」
貪る音がする。むしゃ、むしゃ、むしゃ、むしゃと。一切の躊躇が無い、一方的な捕食の音だった。紙をぐしゃぐしゃに握り潰す音。メッセージで指定された裏路地に着くと、名前の声が蹂躙の音に紛れて聞こえた。
表情は夜の暗闇に溶けたように見えない。月の光も電灯もビルの影に遮られ、青白く光るスマートフォンの画面だけが頼りだった。峰山が近づくと彼女の表情がようやく顕になった──どこか隙のある、花瓶に押し込められた切り花のような、いつもの顔だった。足元に転がる黒い影と、その上に乗って貪る二対のちいさな山羊の姿を日常として受け入れている表情。
「この人は?」
「東村の末端。双子の状態がどうなってるのか……『解』が力を獲得した話は聞いてる?」
「はい、それは……」
「十中八九東村がやったと思うから、手近な所から聞こうと思って。記録を抜き終わったら処理お願い」
むしゃ、むしゃ、むしゃ。
紙が抜き取られていく。草を喰むように、二頭の仔山羊が死体の頭から紙を引き摺り出し、貪っている。
死体に近づく。みっともなく開いた目は虚ろで、ぴくりとも動かない。出血は無く、首元には火傷の痕が生々しく残っている。ドライヴスタン機能と言うらしい……人の身体を豆腐のようにスパスパ切れない身にとっては、テーザー銃が好都合なのだと名前から聞いた。日本では立派な銃刀法違反。低致死性兵器らしいけど、改造でもしてるのかなあ。峰山はぼんやり思いながら、愛用のカバンを開ける。「おやつだよー」と壺の中に声をかけると、すぐに彼女の相棒たちが顔を出した。
「監視カメラとか大丈夫です?」
「うん。ここは死角だから……峰山ちゃんは塾の帰り?遅くなってごめんね」
「ほんとですよ!明日土日だから良いですけどお。コンビニでアイス奢ってくださーい」
「はいはい、喜んで」
ごろ、ごろ、ごろ。聞き慣れた日常の音がすると、仔山羊たちが紙の束を咥えて、主の元へ戻ってきた。名前は束を受け取ってぱらぱらと捲りながら目を通していく。
「どうです?」
「生き返ったけど、依然影森の庇護下のままみたい。どうせなら村に持ち帰って影森も乗り込んで、共倒れにでもなってくれればよかったのに……」
「センパイっていつも共倒れ希望ですよね」
「影森は厄介なツガイが多いし」
「『封』については?」
「まだ村にいるみたいね」
ふうん、と峰山は相槌を打つ。運命の双子、ツガイを統べる者……自分よりも歳下の子どもが抱える理不尽に対して、峰山は自分でもびっくりするほど無感情だった。足元で肉団子になっていく東村の人間にも、人殺しを犯して平気な顔をするセンパイにも。今峰山の頭の中にあるのは、来週に控えた全国統一模試と、その次の日に行くテーマパークの混雑具合だけだ。その日は仕事無しにしてくれないかなあ、御陵さんに言おうかな。いや、他の人たちにグチグチ言われんのダルいからやめとこう。
そんな事を考えているうちに、肉団子は完成していた。手のひらに収まるサイズになると、峰山はひょいと手にとってツガイごと壺の中に入れる。
「ご苦労様。じゃあ、さっさと離れましょう。ちょっと遠くに車駐めてるの。最寄りまで送るわ」
「え、今日車?じゃあセンパイのとこで泊まりたいです!」
「いいけど……大丈夫なの?」
「お泊まりセット置いてあるし」
「……そうなの……?」
名前は忘れっぽい。それはもう壊滅的に。峰山が浴室に愛用しているシャンプーとコンディショナーを置いてある事も、部屋の一室にお泊まりセットを置いていることもしょっちゅう頭の中から抜けている。知らぬ間に増える食器やカトラリーを見ては不思議に思いつつ、まあ良いかと思考を放棄する悪癖を、彼女含め誰も問題にしない適当さを峰山は気に入っていた。このやりとりをするのも、片手で数えられる回数をとっくに超しているのだから。
「じゃあコンビニはいいわね」
「え!」
「頂き物のフルーツがあるから」
「やったー!センパイ大好き!」