きっと純愛だよ



※単行本未登場(5巻現在)キャラ
※吉田が成人


 吉田ヒロフミが初恋の女の事を思い出したのは、公安のデビルハンターとすれ違った瞬間だった。
 顔に大きな星形の傷がついた魔人。ガラス玉のような瞳と目が合った瞬間、吉田の脳には懐かしい高校生の頃の記憶が溢れかえった。自分がデビルハンターになるなど思いもしなかったあの頃の記憶、苗字名前という女の、冬の夕暮れのような微笑。
 苗字名前と瓜二つのその魔人を見て、吉田ヒロフミは、ついぞ自分に向けられなかったその笑顔を思い出した。



 街に現れた悪魔をブウンと切り倒していくのは、公安デビルハンター職員の服を着たデンノコ悪魔だ。
 朝一のニュースで報道された悪魔のニュース。民間の中では「公安に飼われた悪魔もどきの魔人もどき」として時々話題になっていたが、こうして大衆の目に晒される事になるとは思ってもみなかった。偶然か故意か、それとも第三者の計画か。ニュースを見た2時間後に吉田の携帯に着信があった事から、どうやら後者らしい。普段は電話で大体の事を済ませる吉田だが、「取り敢えず、話は本部で聞きますよ」と言って相手の応答を待たずに切った。
 民間のデビルハンターが公安内部に入る機会はそうそう無い。電話で済ませてしまえば、彼女に会えなくなる。

「吉田ヒロフミです」
「マキマです」
「ああ、あんたが……依頼はあのデンノコ悪魔について?」
「そう。これから1ヶ月の間、デンジという公安のデビルハンターの護衛を依頼したいの」

 初めて相対するマキマというデビルハンターは、吉田の想像以上に不可解な印象を与えた。内閣官房長官直属のデビルハンター。人形のように造られた表情からは、なんの感情も読み取ることは叶わない。その点で言えば吉田と似ていると言えなくもないが、マキマのそれは人間の造る表情と妙にズレている感覚があった。
 渡された諸々の書類には依頼金についてのモノもあり、一瞬誤植かと疑うほどの値段が印刷されていた。それ程までにデンジという男は貴重な存在なのかと、吉田の胸中には驚きと好奇心が湧いて出る。
 ……しかし、今はそのデビルハンターについてアレコレ考えるよりも、目の前の女よりも優先すべきコトがある。吉田はにこやかな微笑みを浮かべたまま「一ついいですか?」と聞いた。

「お金が不足?」
「いえ、お金についてはこれ以上なく。それとは別に、こちらから条件を追加させてもらっても?」
「どんな条件ですか?」
「公安に魔人がいますよね。顔全体に星形の痣がついた女の魔人」

 吉田が指で空に星形のマークを描くと、マキマの視線が少しだけ冷たいものに変わる。想定していた条件のどれも当て嵌まらないような切り出し方に、警戒しているのかもしれない。

「……その魔人がなにか?」
「彼女を、オレの前に連れてきて、1分間絶対に何もさせないで下さい。オレが何をしようとも」
「……どうしてそんな条件を?」
「それを話すつもりはありません。心配せずとも、オレから魔人の害になるような事は一切しないと約束します。仮にそれを破った場合……煮るなり焼くなり好きにしてください」
「……」
「その条件が呑めないなら、どんなに金を積まれようと脅そうと、絶対にこの依頼を受けません」

 我ながら無茶な事をしている、と吉田は思った。危害は加えないと言っているが、所詮はただの口約束。その魔人がどれ程の強さか知らないけれど、吉田と彼の契約する悪魔であれば、十中八九倒すことができる。それは民間でありながら依頼したマキマ自身よく分かっている事だ。魔人だとしても、公安の犬になっているとしても、人々の恨みを買っている存在であるのは自明の理だ。吉田と魔人の間になんの因果があるのか知らない以上、マキマがこの条件を素直に受けるだろうと確信する事はできない。無理だったらどうしようなあ、こんな事言ったんだから、アイツと距離を離されるかもしれないからなあ。吉田は口角を上げたまま、のんびりと悩んでいた。
 やがてマキマが部屋中に蔓延する冷ややかな沈黙を破って「いいよ」と了承した。

「彼女、魔人では理性が高い類だからその条件を受けられなくもないけれど、万が一の時は君が対処してね」
「分かってます」
「今から呼び戻すから、少し時間かかるけど……」
「待ちますよ。1時間でも1日でも、1週間でも」

 マキマはにっこり笑う吉田に益々不思議そうな表情をしていたが、「キミ、思ったより面白い人だね」と笑顔で返した。



 魔人が戻ってきたのはそれから1時間と30分後。部屋の窓を開けて入ってくる魔人の顔は、間違いなく彼女と瓜二つーー本人そのものだった。

「戻った」
「アルストちゃん、おかえりなさい。突然呼び戻してごめんね」
「別に。用件は?どこに墜とせばいいの?」
「まだ墜とさなくていいよ。アルストちゃん、今から1分間、彼の前に立って、何をされても何もしないでね」
「は?」

 アルストと呼ばれた魔人は、マキマの命令に理解不能と言いたげな顔をして「なに?ふざけてるの?なんでそんな……人間相手に?どうしたの?悪魔の攻撃でも受けたの?」と抵抗していたが、マキマはどこ吹く風で「もし攻撃したら、アルストちゃんは処分だから気をつけてね」といつもと変わらない調子で言った。条件をつけたのは自分の方だが、理不尽がすぎると吉田は内心引き気味にアルストの表情が青ざめるのを見ていた。
 命を天秤に掛けられては逆らえないーーアルストは盛大なため息をついて踵を返し、吉田の前にズンズンと歩いて、吉田の目の前で止まる。目の前といっても、アルストと吉田の背丈を考えると、胸元の前と言ったほうが正しいのかもしれない。不機嫌さを隠そうともしない顔で見上げてくるアルストを見て、吉田は満足げに笑った。
 アルスト。
 隕石の魔人。
 15年前アメリカ合衆国の大地に無数のクレーターを形成させた隕石の悪魔は、その後アメリカのデビルハンターにより討伐されたが、命からがらで女の死体を乗っ取り、2年前その女の故郷である日本に流れ着いたところをマキマに捕らえられ、今に至る。
 顔全体に刻まれた大きな星形の痣と、星のマークが刻まれた瞳を持つその魔人は、吉田の記憶に残る彼女の姿とそのままだった。
 苗字名前。アメリカに留学した良いところのお嬢様。隣に座る吉田に目もくれず、窓の向こうに広がる空を見ていた。
 
「隕石の魔人……アルストだっけ?その肉体、どこで見つけたんだ」
「どこって、アメリカ。アタシが堕として潰した学校で見つけた。ホントはもっと丈夫な身体が良かったんだけど、コイツ以外みんな潰れた猫みたいになってたから仕方なくね」
「ふーん。ラッキーだ」
「どこが!もっと強くて、背が高くて、足が長いーー「いや、こっちの話」

 アルストの台詞が言い終わる前に、吉田は彼女の顎を指で軽く持ち上げ、『雄が良かった』という言葉を丸ごと唇で塞いだ。

「んむぅ、んん、ぅ、」

 柔い感触。台詞の途中に押しつけられたからなのか、吉田の舌は思ったよりも簡単にアルストのーー名前の口内へ侵入した。魔人とキスするなど生まれて初めてだが、人並みの体温と唾液があって安心した。適当に捕まえた女にするように、口内に這入ってきたモノを拒もうとする名前の舌と自分の舌を絡ませ、ぐちゅぐちゅと音を立てる。歯列をなぞり、口内を舐める。アルストが今どんな表情をしているのか、どんな気持ちでいるのかは知らない。興味もない。突然人間と魔人のキスシーンを見せつけられているマキマの表情を伺うつもりもない。
 ただ、吉田は名前とーー好きな女と口づけできる喜びだけを感じていた。

「ぷは、は、はぁ、はあ、はあ……?」
「はは、ひでえ顔」

 20秒程度の深いキスから解放されたアルストは、口から漏れる糸を拭おうともせず、息を荒げていた。初めてなのだろう、呼吸の仕方も忘れていた魔人は、顔を真っ赤にして肩を大きく上下させている。
 状況も意図も飲み込めずただ経験したことのない感触に戸惑い、どこか怯えた表情を浮かべて自分を見つめるアルストに、吉田はいっそう笑みを深くした。
 俺を見向きもしなかった女が、ずっと空ばかり見ていた名前が、今は俺を見ている。
 その狂った瞳孔の中に俺だけを映している。これを幸福と呼ばずしてなんと呼ぶのか。好きな女に振り向かれた男を、誰が不幸と言えようか。
 本当はもっと長くしていたかったが、1分という制約上早く済ませなければいけなかった。1分経った瞬間この魔人が攻撃してこないとも限らないからだ。多分してくる。

「じゃあマキマさん、明日からよろしくお願いします」
「ああ……うん、よろしくね。集合場所はまた携帯で連絡します」
「はい。じゃあな、名前」

 吉田は未だ混乱の最中にあるアルストに向かってーーあるいは、苗字名前の死体に向かってひらひらと手を振り、部屋を後にした。靴音が遠くなっていくのが聞こえ、アルストの息が正常に整えられると、マキマが横から「大丈夫?」と聞いてきた。

「だ……大丈夫なワケ……」
「うん、私もビックリしちゃった。そうか、彼、アルストちゃんの死体が好きだったんだね」
「ふ、ふざけないで……殺させてマキマ!あんな……なに!?アレ!アイツ!」
「殺しちゃ駄目だよ。アレって、キスのこと?どうだった?」
「どうだった!?!?」
「うん、初めてでしょ?」

 当たり前だ。キス……くちづけなんて、魔人のアルストが経験している筈もないし、死ぬまで経験するとは思っていなかった。人間同士の愛の交わりに興味もないから、たまの広告でキスの場面を見ても、『どっちが食うんだ?』程度の感想しか沸かなかった。
 それが、今日、突然、あんな形で、心底嫌悪している人間相手に、強引にされるなんて!思い返しただけでも腑が煮え繰り返る思いだ。今すぐこの辺りに何発か墜としたい。

「最悪」
「そうなんだ、やっぱり好きな人相手じゃないと抵抗ある?」
「好きとか嫌いとか以前に気持ち悪い!なに、舌が!アイツの舌が入ってくるし、ゾワゾワするし……マキマ、マキマさん、本当に殺しちゃ駄目なの?」

 懇願するような声で強請るアルストに、マキマは女神のような微笑みを浮かべて「駄目だよ」と一蹴した。


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