画面の隅で踊っていよう
※単行本(5巻現在)未登場キャラ
※吉田が成人
「来年、遠征があるらしいですね」
「へえ」
ある昼下がり、最近できた小さいイタリアンのお店。ボロネーゼを食べる吉田先輩は、いつもと変わらない微笑みを浮かべながら「なんの?」と私に聞いた。「銃の悪魔を討伐するための」と私が答えると、先輩は「へえ」と相槌を打った。
「耳が早いな」
「それだけが取り柄なので。公安が主導になって組織するらしいです」
「てことは、居場所を突き止めたってことか」
「普通に考えれば」
銃の悪魔の肉片の保管は公安にしか許されていない。私たちのような民間のデビルハンターには、どれぐらい集まっているのかすら公開されておらず、こうして私が遠征の計画を知ったのも、噂の悪魔と契約しているが故だ。
「民間、声かけられるんですかねえ」
「どうかな。民間の奴らに銃野郎を殺す気概を持つのが居るかどうか」
「信念が無くても、強い人はいますよ、吉田先輩みたいに」
「オレ?」
名指しされた先輩はぱちぱちと瞬きして、「オレはやめとくよ」と笑う。もったいない、と私は言ったけれど、対人警護のエキスパートである吉田先輩は、公安からも一目置かれる存在であるにも関わらず民間のデビルハンターで居続けているのを思うと、そう答えるのも納得がいくかもしれない。何度かスカウトもされているみたいだけど断っているらしいし、そういうスタンスなのだろう。
「オレは適当に悪魔を殺して、大事なモノを守って、お金を貰って、こうやってお前と飯食うぐらいでいいよ。銃野郎を殺すとか崇高な目的がない奴がついてっても足手纏いになる」
「先輩、あんなに強いのに……」
「運がいいだけだぜ、ほら、さっさと食えよ」
ボロネーゼを半分以上食べた先輩が、私の止まっている手を動かすよう促す。口にも顔にも出さないけれど、私はそれなりに長い付き合いなので、先輩の言わんとしている事は分かる。話はこれで終わり。公安は公安の仕事を、民間は民間の仕事を。首を突っ込むべきじゃない。ケータイを弄る先輩は、言外にそう言っている。
「……私も、行きたいなあ」
「……遠征に?お前が?」
「う、はい。分かってます、分かってますよ。私全然戦えないし、先輩たちに助けてもらってばっかりだし、けど、私の悪魔の能力なら、情報戦とか、そういうので力になれるかもって……」
「いや、無理だろ」
「うぐ……」
「お前が銃野郎に家族を殺されたのは知ってるし、その遠征に着いて行きたい気持ちも分かる。一矢報いたいって気持ちもな」
けど無理だ。
先輩の声が脳に響く。分かっていた事だけど、『無理』という言葉がぐわん、と嫌な音を立てて、私のなけなしの決意を揺らす。
「戦闘力は言わずもがなだけど、なにより名前、お前はごくごく普通の人間だから、普通に死んじまうよ。多分無駄死にだろうな」
「……むだ……ですか」
「うん。それは嫌だろ?何もできず死ぬ……ただ銃の餌食になって死ぬのは」
「……う、」
「オレは嫌だよ」
先輩は笑う。黒曜石のような澄んだ黒い瞳が弧を描き、ジッと私の瞳を見つめている。そのきれいな笑顔に、私は弱い。色々なモノの芯がぐずぐずに溶けてしまいそうになる。
「オレはお前に死んでほしくないよ、名前」
「先輩……」
「お前は大事な後輩で、バディで、可愛い妹分みたいな奴だと思ってる」
「い、いもうとぶん……」
「そんなお前がわざわざ死にに行くような真似してほしくないんだよ」
「で、でも……」
「な?」
説得に屈しないよう頭の中でシュミレーションした時間が無駄に終わった。目の前で挽肉になったお父さんとお母さんの映像が浮かんでは消え、私の怒りが炎のように燃え上がってはまるで無かった事のように消えていく。
代わりに浮かぶのは先輩が言った「無駄死に」という言葉と、先週先輩と食べた駅前のクレープだ。先輩は私の糖分てんこ盛りクレープを見てあからさまに引いていたのを思い出す。美味しかったなあ、また食べたいなあ。銃野郎に殺されたら、もう食べれない。
消えてしまいそう。私が持つべきモノが。持たなきゃいけない感情が、ゆっくりと消えて、喪ってしまいそう。
「……そう、ですね。先輩の言う通りだと思います。変な話して、すみません」
「謝んなくていいよ。オレこそお前の為とはいえ、厳しいコト言ってごめんな」
「そんな……うわっ!ちょっと、撫でないでくださいよー!」
「遠慮すんなって」
「たーべーれーなーいーでーすー!ほら、先輩、袖にソース付きますよ!」
髪をぐしゃぐしゃに撫でられて私は恥ずかしさに珍しく声を荒げてしまった。撫でる側は気楽なのかもしれないけど、店の中で、しかも成人女性が頭撫でられるって!羞恥心しか感じない。妹分と先輩が言っていたのもちょっとショックだった。早く背中を預けられる相棒扱いに昇格したい。そしたら頭を撫でられるなんて事もされないだろうし……。
先輩は満足すると腕を引っ込めていつもの笑顔で私を見る。笑顔は変わらないけれど、何となく満足げな様子だった。何に満足なのかよく分からないけれど(きっと私を揶揄うことだろう)その笑顔をされると怒るに怒れない。私はいかにも不機嫌です!という表情を作ったが、先輩はきれいな笑顔のままで「早く食えよ」と言うだけだった。悔しい。
「どうしても行くつもりなら、足の腱を切ってでもお前を止めるよ」という台詞を入れたかったのに入れられなかった