太陽が堕ちた日



※死ネタ 8巻ネタバレあり





炎のような苛烈で、太陽のように暖かいひとだった。


私は煉獄杏寿郎の許婚だった。
煉獄家と苗字家は江戸幕府が栄えていた頃より前から交流が深く、代々苗字家は煉獄家に嫁ぐ仕来りがある。私の叔母にあたる瑠火様もその一人に当たり、そして私もそうだ。鬼を抹殺する為、両家の繁栄の為。私はその決まりごとになんら疑問も不満も抱かなかった。

杏寿郎さんと初めて会ったのは五歳、いやそれよりも下だったろうか…とにかく、未来の婿となる方に今のうちから会っておきましょうと私は母と侍女に連れられて煉獄家を訪れた。瑠火様の体調が芳しくないのを受けてからというのもあるのかもしれない。実際には風邪が長引いただけだったのだけれど。煉獄家は武家屋敷の趣きがそのまま残っていて、許婚にお会いするという事を差し引いても私はひどく緊張していた。杏寿郎さんも杏寿郎さんなりに緊張していたようで、和やかな雰囲気であったにも関わらずお互い無表情で顔を突き合わせていた。

「はじめまして、苗字名前ともうします」
「はじめまして、煉獄杏寿郎ともうします」

と、訪問する前に侍女から教わった挨拶を朗読しているような(しかも棒読み)出会いになってしまったけれど、余りにぎくしゃくした雰囲気に見かねて庭で遊んでいらっしゃいと母上が仰ってくれたお陰で、私たちはいつもの私たちのままで話す事が出来た。この頃から杏寿郎さんは鍛錬一筋のようなお方だったけれど、その時は探検と称して屋敷を案内してくれたり、私の手を引いて庭に出て花や鯉を愛でて遊んで下さった。あの人の手のひらは暖かった。あの人の笑顔は日の光のようだった。ままごとをして遊ぶよりもその手に余るような木刀で技を繰り出す時の杏寿郎さんの方が生き生きしていたので、私はその姿を見る方が好きだった。私たちは会うたびに雪にはしゃぐ子犬のように庭を駆け回っていて、よく侍女に叱られていた。いつもは怖かったけれど、その時は全然怖くなかった。

「杏寿郎様はいつも鍛錬をなさっているのですか?」
「うむ、座学と就寝、食事と入浴以外は鍛錬だな!」
「大変でいらっしゃいますね」
「そうだな!だが柱になる為の試練と思えばこの程度どうということはない!」

杏寿郎さんはいつも笑っていた。その中には、男でも武人でもない私には到底理解し難い狂気を孕んでいたけれど、同時に生きるもの全てを慈しむような暖かさを秘めていた。ひとつ技を会得すると、彼は私が煉獄家を訪れた時にいつも披露してみせた。その刀から繰り出される炎の鮮やかさ、美しさは眩しいほど鮮烈に私の心に刻みつけたが、それを操る杏寿郎さんの瞳こそ私にはこの世で最も美しいものに見えた。チカチカと火花のような感覚が心臓を駆け巡っていた。この時から、いいえ、きっと初めて会った日から好きになっていたのだろう。



煉獄家が歪んでしまったのは、瑠火様がお亡くなりになってからだった。それから槇寿郎様は意気消沈してしまい、何物にも関心を持たなくなって自分たちの稽古を見ることも無くなってしまったと杏寿郎さんは千寿郎くんが既に寝付いた夜、淡々と話した。その時の表情は忘れられない。歳を重ねる度に強く、明るくなっていく杏寿郎さんからは考えられない程に静かに、静かに悲しんでいたーー寂しい、と言えるかもしれない。瑠火様も槇寿郎様も、杏寿郎さんにとっての支えだったのだ。かけがえのない太陽だったのだ。笑ってやり過ごす事なんて出来ない。この頃から杏寿郎さんは鬼殺隊の一員として日本中を回っており、その実力が広く認められていて柱になるのもすぐだろうと周囲の方々から言われていた。その筈なのに、私の肩にもたれる杏寿郎さんは鍛え上げられたお身体をしていたのに、酷くか細く見えた。私は何をすれば良かったのだろう、何をすれば杏寿郎さんの心労を和らげることが出来るのだろうと悩んだ挙句に私は彼を抱きしめていていた。杏寿郎さんの心臓の音がはっきりと聞こえてくる。

「……差し出がましい真似をして申し訳ございません。ですが……」
「……いや、ありがとう」

いつのまにか私の頬に流れていた涙をすくって、杏寿郎さんは笑った。悲しみも寂しさも嬉しさも愛しさも、全てを呑み込んだその微笑みだけは、きっと私にだけ向けるものだった。彼はたった一度だけその笑顔を浮かべた夜から、もう何も迷うことは無かった。挫けることも立ち止まることもしなかった。ただ燃え盛る炎のように鍛え、鬼を狩り続ける事に身を投じていた。きっと彼がこの長い戦いに終止符を打つ人になる、私は混じりけなくそう信じていた。きっと死なない、あの人は鬼舞辻無惨を倒して、日の本を照らしてくれると、信じていた。


そんな保証なんて、どこにも無いはずなのに。







名前へ

君がこの手紙を読むときには、俺はもうこの世を去っているだろう。これは柱に成ることが出来た今日したためた物で、俺が死んだ後君に渡すよう千寿郎か侍女の者に頼む予定だ。鬼を狩ると決めた日から俺は君に最期を看取られる日は来ないと確信していたので、この手紙が俺から君に贈る遺言と思ってほしい。

許婚を取るというのは、俺自身本当はあまり賛成ではなかった。人生の殆どを戦場に置き、戦場で散る事を約束されているのだから、先立たれる自分の妻の事を思うと偲びなかったからだ。居間で遠くの空を見ている母上のこともあったのだろう。俺や千寿郎も含め、誰一人として父上の代わりにはなれない。俺はそれを知っていたから、いつか俺の妻となる女性にはそういう思いをして欲しくなかったのだ。だが君と出会って、俺を慕ってくれる君の姿を見て、傲慢にも君が欲しいと思ってしまった。これが人の性なのか、男としての欲なのか分からない。恐らくどちらも等しくあっただろう。

最初は否定した。もし俺と同じ想いを君が抱いていて、そして結ばれることが叶ったのならば、俺が死んだ時きっと君は悲しむだろう。悲しんで、父上のようにこの世の全てに嫌気がさしてしまったら。君の太陽のような笑顔を亡くすことはしたくなかった。君は誠実で優しい人で、俺には勿体ないぐらいの女性だったから、俺とは違う誰かと生きてほしかった。だが君といると、そのかすかな願望が薄れていくのを感じた。君の瞳が好きだ。君の髪が好きだ。君の笑顔が好きだ。君の声が好きだ。俺がぼろぼろになった時も、君がいるから、君が笑顔で俺の所へ来てくれるから俺は生きようと思った。打ちのめされても絶対に立ち上がると誓った。俺は胸に湧き上がるこの感情を殺す術を知らなかったし、知っていたとしても止めなかっただろう。今君がこの手紙を読んでいるのが何よりの証拠だ。

俺はどんな最期を迎えただろうか。俺は自分の責務を全うすることが出来ただろうか。人を守り、鬼を狩る。命が尽きるまでそれが出来たというならば、それは喜ばしい事だ。だがそれは君を不幸にする事と同義だ。すまない。君を残して先立つ事を許してほしい。女性としての幸せを君に贈ることが出来なくてすまなかった。悲しまないでほしい。どうかこの手紙を読んだ後は焼いて捨ててほしい。そして君が望むように生きてほしい。何にも縛られずに生きてほしい。俺の事を忘れ、君を幸せに出来る男を愛して、一緒になってほしい。


君の全てを愛している


俺を愛してくれてありがとう












「うっ……うう…」

ごめんなさい。ごめんなさい、杏寿郎さん。
貴方のことを忘れられません。
貴方以外の人と一緒になれません。
どうか謝らないで下さい。私は貴方と共にいれて幸せでした。私は不幸なんかじゃありませんでした。


好きです。


貴方の瞳が好きです。貴方の髪が好きです。貴方の笑顔が好きです。貴方の声が好きです。


貴方の全てが好きです。









「杏寿郎様は、太陽のようなお方ですね」
「ん?どうしてそう思う?」
「だって、杏寿郎様の隣にいると、暖かくて、とても優しい気持ちになれます」
「…なら君も太陽のような人だ」
「…?なぜですか?」
「俺も君と一緒にいると、心が暖かくなる。君は俺にとっての太陽なんだろうな」




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