7月1日
その日が俺の誕生日だと思い出したのは、朝食を食べていた時にふと今気がついたように親に祝われてからだった。今まで友達というものが碌にできなかったものだから、誕生日を祝われる事なんて親以外にいなかった。中学三年生にもなると受験を控えているので俺すらも忘れていたのだ。ああ、そんな行事あったな、と。
当然学校に行ったところで祝ってくれるワケもなく、ただいつものように『特別な日』は刻々と過ぎていった。これも、いつものことだ。クラスメイトは誰も俺の誕生日なんて知らないし、知っていても祝ってくれたかどうか。小学生からこんなもんだ、最早慣れきっていた。ただ、今日は俺の誕生日だから、最近体育館の裏に遊びに来ている野良猫の為に、少し奮発して高いおやつを買ってやった。どうせ誰からも祝われないなら、そいつの誕生日でも分かってやれたらいいのに。そんな事を思いながら、俺は昼休みの鐘が鳴るのを待っていた。
流石に自分の為に何かしないのもどうかと思ったので、購買でちょっと高い、コロッケサンドがメンチカツサンドになるぐらいのささやかな奮発をして、いつもの場所へと向かった。すると、いつもの場所、つまり、体育館の裏からかすかな人の声がした。しかも女子の。女子はどちらかというと苦手なタイプだ。何をするにも集団で行動するし、委員会や係の仕事で仕方なく声をかければ無駄にオーバーリアクションをするし、陰口は陰湿だし。確実に俺への風評被害の大きな要因になっているだろう。思い出すと精神的に参るのでこれ以上はやめておく。……とにかく、こうして女子の声がするのは俺にとって大分面倒臭い事だ。幸いにも1人らしいけど、ここに猫がいるなんて情報が漏れたら明日にでも大勢押しかけてくるに違いない。そうなったらもうここには当分来られないだろう。このおやつも無駄になってしまうかもな、と俺は小さく溜息をついて踵を返した時、その女子が言っている事を、いや、歌っている『それ』がはっきりと聞こえた。
「ハッピバースデイ、トゥーユー、ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、ディア……」
それは、誕生日には必ず歌われる曲だった。ありきたりで、けれど俺にとってはめったに歌われなかった、どこか羨ましく感じていた歌だった。いつの間にか俺はずかずかと体育館裏の、いつもの場所へ向かっていた。そこには気持ちよさそうに日向ぼっこをしている野良猫と、地べたに座っている女子1人が、驚いた顔をしてこっちを見ていた。その周りにはコンビニ弁当やらファイルやらシャープペンやら消しゴムやら大量の紙やらが散乱していた。女子は俺が勢いよく出てきたのに驚いたのか、歌うのをやめて、目を丸くしていた。俺も俺で我に返って、突然恥ずかしくなっていた。いや、何やってんだよ俺。
「ああ……いや、ゴメン。驚かす…つもりじゃなかったんだけど」
「いや、その、うん、驚いたけど、大丈夫?だよ」
まともに女子の顔が見れなくて我関せず、な顔をしている野良猫を見ていると、女子は合点がいったように「その子に会いにきたの?」と聞いてきた。
「手におやつ?的なの持ってるし!」
「……まあ、そう」
「じゃあ私邪魔、かな?」
「いや、別に……邪魔じゃないよ」
お互い気まずそうに会話をする。女子とこんな風に会話するなんていつぶりだろうか。業務連絡以外に思い出せない。悲しくなってきた。俺が来たのに反応したのか、手に持ってるおやつに反応したのか、野良猫は早足で俺の足元に寄ってきた。このまま座ったらこの女子の隣に座ってしまうことになるので憚られたが、女子はそこまで気にしていない様にまた紙に何かを(絵か?)描き始めたので、俺は恐る恐る座った。女子の"個性"は見た目じゃ判断できなかったが、髪の毛先がキラキラと七色に光っているような気がした。俺の見間違いかもしれないけど。美味しそうにおやつを食べる野良猫の頭を撫でていると、女子がふいに話しかけてきた。
「猫、好きなの?」
「どちらかといえば、好き、かな」
「…ふふ、変な答え。好きなら好きって言えばいいのに」
「……男が猫好きって、なんか変だろ」
「いやいや、あのイレイザーヘッドだって猫好きだってウワサがあるし……ギャップがあってイイと思うよ。ギャップは時に凄いセールスポイントに……あ、ゴメン。必ずしもヒーロー目指してるって訳じゃないよね」
女子はちょっと申し訳なさそうに謝る。イレイザーヘッドなんてアングラ系ヒーローを知ってる事に驚いたけど(普通ならシンリンカムイとか言いそうなのに…)まるで経営者…プロデューサーみたいな事を言っている。この子は何なんだろう。彼女の周囲に広がる紙をそれとなく見てみると、何かの服……のような、言うなればヒーローのコスチュームのようなものが描かれていた。ポップ系からホラー系まで、ありとあらゆるジャンルに合わせたコスチューム案が彼女の足元に散らばっている。絵の隣にはそれぞれのパーツの性能やコレを着るヒーローの"個性"パターンなどが事細かに記されていた。
「これ……」
「あーっ!み、見ないで!な、何で見るの!」
「いや、こんな堂々と出してたから、隠してもいないから見てもいいものかと……」
「あ、うう…そうだよね……」
女子は顔を真っ赤にして散乱している紙を集め始める。俺が手に持っているコスチュームには見覚えがあった。元のパターンが、と言うべきなのだろうか………。これは……。
「……これ、オーダーゲートのコスチューム?」
「えっ!?分かるの!?」
結構アレンジ加えたのに!と女子は俺と初めて会った時よりも驚いた顔をした。踝まで覆う程のカソック風のロングコートに西洋風の籠手をしていたら誰でもイギリスのトップ・ヒーローの1人だと分かるだろう。今のデザインとはまた違ったテイストだけど、それをリスペクトしているのがよくわかった。……凄いカッコいい。
「……けど、何でコレを?」
「……宿題なの」
宿題?と思わず聞き返すと、女子は頷く。
「私の両親、その…コスチュームデザイナーでさ。私、今日誕生日なんだけど、プレゼントの代わりに私達の作品にアレンジを加えて提出しなさいって言ってきたの。信じられる?もうこの時点で完成し尽くされたデザインなのに、それに手を加えろなんて…。それに、身近な人をヒーローにみたててコスチュームをデザインしろとかも言ってくるワケ。はぁーあ、私、クラスで浮いてるって知ってんのに……」
女子は憂鬱そうに、本当に憂鬱そうに溜息をついた。オーダーゲートのコスチュームのデザイナーは、確か名前は忘れたけど、結構有名で、あのオールマイトのコスチュームの1つを手がけた事もあったような気がする。
「……てか、いくらオーダーゲートだって、日本ではそこまでポピュラーなヒーローじゃなかった気がするんだけど……もしかしてフォロワー?」
「えっ………まあ、そうかも」
「イイよねー!オーダーゲート!いっつも被害を最小限に抑えるし、"個性"も近接タイプじゃないのに格闘戦も軽々こなしちゃってさ!しかも凄い紳士だし!」
「…タネはもうバレてるのに、体術と織り交ぜてて絶対防がれずに発動してるし、救助を何より最優先に動いてるし…」
彼女はテンションがだだ上がりしてるようで、オーダーゲートのアレがいい、コレがいいだのを満面の笑みでまくし立てていた。俺とおんなじで相当なフォロワーらしい。オーダーゲートの"個性"は決して強いわけじゃなく、俺と同じ系統だった。それでも並外れた戦術や体術でトップ・ヒーロー中へのし上がっていく姿が好きだった。オールマイトと同じぐらい、いや、それ以上に憧れているヒーローなんだ。クラスメイトで海外のヒーローの話なんてできないし、そもそもできるような友達もいなかったから、なんか、凄い嬉しかった。
「あー、凄い嬉しい。趣味合う人ぜんっぜんいなくてさ!……あの、もしかして、ヒーロー目指してるクチ?」
俺が頷くと、彼女はそうなんだ、応援してる、と優しい笑顔で言った。……そんな台詞、家族以外で言ってるくれる人なんてまるでいなかった。なんだか、心臓のあたりがじわじわ熱くなっていくのを感じた。話が途切れて、暫くの間気まずい雰囲気が流れる。俺は意を決して「あのさ、」と話を切り出すが、それが彼女と重なった。
「あっ、ゴメン…先にどうぞ」
「いやいやいや!そっちがお先に!」
「………じゃあ、俺から…」
なんて言えばいいんだろう。もしかしたら引かれるかもしれない。……けど、これを逃したらもう、言う機会がない気がした。手が震えるのを必死に隠して、俺は言う。
「……さっき、身近な人をヒーローにみたてて、っていう宿題出てたんだろ?じゃあ…モデルを、俺にしないか?」
「……!」
「……俺、絶対雄英に入って、オーダーゲートぐらいの……それ超えるようなヒーローになるから。だから…」
「……凄い!私も、そう言おうと思ってた!」
彼女はぱあっと表情を明るくした。ありきたりだけど、まるで太陽みたいな笑顔だ、と思った。
「ね、デザインさせて!私も、絶対雄英入って、パパとママを超えるスッゴイデザイナーになるから!」
「…うん、俺からも、お願い」
「うんうんうん!承りました!私、苗字名前!君は?」
「……心操人使。…よろしく、苗字さん」
苗字さんは「よろしくね、未来のヒーローさん!」と言って手を差し出し、俺も「よろしく、未来のデザイナーさん」と言って、その握手に応えた。それがよく晴れた7月1日の、俺の誕生日の日に起こった出来事だった。彼女との出会いは、どんなプレゼントよりも価値があって、最高なものだった。