もうとれない刺のよう

朝と呼ぶべき時間と空の下、ソフィアは朝食もそこそこに靴音を鳴らして廊下を歩いていく。行き先もやる事も変わらない。長テーブルが用意されている広間、そして四対一の鬼ごっこだ。
時代遅れの装飾が施された厚い木の扉を開くと、其処には既に先客が居た。

「……カールか」
「……お、はようございます……ウラミチさん」

グレーの髪に白いマスク。『納棺師』ことイソップ・カールはソフィアに軽く会釈をして、気まずげに視線を逸らした。
ソフィアは特に気にすることも無く、「おはよう」と返事をして、椅子に座る。新しいサバイバーが増えた事はソフィアも勿論知っていたが、彼とゲームをするのは……もっと言えば顔を合わせるのは初めてだった。他サバイバーからの情報である程度の容姿や性格は知っている……オブラートに包んで言えば、あまりコミュニケーションが得意な方ではないらしい。

(そうは言っても、此処にいる以上は長い付き合いになるだろう……ある程度の付き合いは必要だ)

このいかれた荘園の中では、誰もが精神を追い詰められる。それはソフィアだって例外ではない──そんな中で心の支えになるのは他人との繋がりだ。少なくとも自分は。
つまりは、イソップともそれなりの付き合いをしたい──出来うるならば仲良くしたい。人間関係はチームワークを要するゲームには強く影響するだろう。

「君とこうして顔を合わせるのは初めてだな。話には聞いていると思うが、改めて自己紹介するよ、私はソフィア・ウラミチ」
「…はい、僕はイソップ・カールと申します。荘園では……サバイバーとハンターの情報は共有されますから、ご存知かと思いますが……『納棺師』の役割を担っています」
「ああ、私の『用心棒』の役割も知っているかな。性質上ハンターの近くにいるだろうから、始まって暫くは私に近づかない方がいいだろう」
「そう、ですね…」
「確かカールが此処に来てから二週間程度経ったと思うが、もう慣れたか?」
「ああ、はい……多少は……」
「そうか」
「………」
「………」

気まずい。

ソフィアは椅子に座った途端テーブルの上に出現した紅茶を一口飲む。こんな序盤の挨拶で会話が止まるとは思わなかったが、彼の性格を考えると雑談に花を咲かせるような展開になる可能性は低いのは分かっていた。どこ出身?好きな食べ物は?本は読む?兄弟はいる?などと当たり障りない話題を提供した所で、まあ、話してはくれるだろうが、和気藹々とした雰囲気になるかどうか……これからやるゲームは参加者の未来が賭かっているのだから、緊張感は必要なんだけれども。
人付き合いといえば、例えばフィオナも苦手な方だったけれど、ああいう手合いは「その手に持ってるマンホールの蓋みたいなやつ、超イカしてるね。それはどういうものなんだい?」と聞けば喜んで自分の信仰について話すのだから、聞く側は相槌を打って彼女の気が済むまで話させてあげればいい。その後は普通のコミュニケーションが取れる。度々彼女の言う『神』に絡めた話題が出る事を除けば。
けれどなんというか、イソップの場合は『無理してる』感が強かった。聞かれた質問には答えなければ、という義務感が強い。そういう相手に無理して話しかけていくのも、お互い良くないのではないか。

(それにしても、気まずい)

さっさと誰か来てくれないかとソフィアが思っていると、タイミングよく扉が開かれた。麦藁帽子にエプロンを着けた『庭師』の少女、エマだ。突然現れた救世主に、ソフィアは思わず立ち上がる。

「エマ!」
「ソフィアさん、イソップさん!今日はよろしくなの!」
「ああ、よろしくエマ。体調はどうだ?昨日は調子が良くないとエミリーから聞いたから心配していたよ」
「今日は大丈夫なの!ありがとうソフィアさん!」

エマは花が咲くような笑顔で答え、両腕を上に挙げて上腕の筋肉を強調させるポーズを取った。可愛い。物凄く可愛い。庇護欲を掻き立てられる──目一杯世話を焼きたくなる。

「絶対に、ハンターには指一本触れさせないからな…」
「じゃあ、その間に椅子たっくさん壊して、ソフィアさんが座らされないようにするの!」
「そうか、頼りにしているよ」

エマの健気な言葉に、思わずソフィアも顔を綻ばせる。二人の間にある雰囲気は陰気な荘園と余りに不釣り合いだ….…側から見たイソップはこの光景を見るのが初めてというのもあって、全く着いていけずにいた。いや、仮にこの状況がエマとソフィアが同じチームになった時100パーセントあると分かっていても、着いていけないだろう。絶対に介入してはいけない雰囲気だ。自分に限らず、男なら誰も。

この周囲に花でも舞っていそうなほわほわした会話は『医師』のエミリーが広間に入るまで続き、その雰囲気が修正される間もなくイソップの視界は暗転する。
ゲームが始まったのだ。
場所は確か月の河公園。陽気な音楽と廃れた遊園地……イソップの視界は色を取り戻し、サーカステントの鮮烈な赤を映す。と同時に、視界には人のシルエットが目に入った。他のサバイバー達だ。エミリーは自分と同じエリアに、ソフィアとエマは橋を挟んだ向こう側のエリアにいる。そして直後に『私から離れて!』とイソップの通信端末からメッセージが送られた。送り主は言わずもがな、ソフィアだ。

(……という事は、ウラミチさんがハンターと鉢合わせているのだろうな)

ソフィアの特質『脅威排除』の効果が無事発動したのだろう──イソップはテントの客席前にある暗号機を少し進めると、同じエリアに居るエミリーを探す為にテントを出た。納棺するには、その対象の風貌を詳しく見ておかなければならない。橋の側の暗号機に行くと、エミリーが解読をしていた。暗号機の音からして、もう半分近く終わっている。

「イソップさん!どうしたの」
「……顔を……見にきました」
「そうなのね。今ソフィアがチェイスしていると思うから、私たちで早く終わらせてしまいましょう」
「はい。ウッズさんは……まだ来ていないようですね」
「向こうじゃないかしら?椅子を壊してるか、向こうの暗号機を解読してるか……どちらにせよまだ余裕はあるでしょう」
「そう……ですね。では、僕はサーカステントに戻ります」
「分かったわ」

イソップはエミリーから離れ、テントに戻り解読を進める。自身の性格が特質に反映されいているせいで、イソップは他のサバイバーたちと共に解読をするのが苦手だった。
テントに戻り、暗号機を解読していく。カタカタと無機質な音だけが鳴っていると、本当にハンターがいるのかさえ疑いたくなってしまう程だ。それだけソフィアが頑張っている証拠なのだが。

無事解読が終わり、終了の合図を知らせる機会音と共にライトが消える。イソップはテントから出て、次の暗号機を探し始めた。確か滑り台の近くにもう一台あった筈……橋を渡りながら暗号機のライトを探している最中、重い鐘の音が鳴り、ソフィアが行動不能になった状態を示すマークが端末機に表示された。サバイバーは一回はハンターの攻撃を受けても行動不能にならない筈だが、サバイバーが集中を切らした瞬間、一回の攻撃で急所に当たり、動けなくなる事がある。恐らくソフィアもそうなのだろう。
イソップは急いで通信端末に『解読中止、助けに行く!』とメッセージを送信し、ソフィアが倒れた方角へ向かう。素早く救助できれば、たとえもう一度椅子に座らされたとしても納棺が間に合う。暗号機は残り二台だ。どうやらソフィアはゲート近くの椅子に座らされたらしい──イソップは息を切らして走る。

椅子の近くまで辿り着き、イソップは身を屈めてカラフルな箱の影に隠れる。ソフィアが倒れるまで分からなかったが、今回のハンターは鋭利な爪を持つリッパーだった。過去何度かリッパーと対戦した事があるイソップは、彼がこうもソフィア一人を延々と追いかけ回していたのに疑問が湧いたが、すぐに切り替える。重要なのは、これから椅子の真ん前に立つリッパーの爪を掻い潜ってソフィアを救うことだ。
……とは言うものの、リッパーは見ていて不可思議な程に今立っているポジションから動く気配がない。隠れていても……たとえリッパーの背後に立とうと動かないのではないかと思える程だ。隠れて隙を見計らっていても、このままの状態が続いてしまうのではないか……それだとイソップがソフィアの顔を作る時間が無くなってしまう。
イソップは身体の震えを押し殺し、立ち上がった。そしてリッパーの視線を掻い潜り、ソフィアの手首に巻きついた縄を取り外す。救助は成功し、その直後襲いかかってきたリッパーの爪から身を呈してソフィアを守る。鋭い爪がイソップの背中を裂いた。服が破れる音と、火にあてられたかのような熱い痛みがイソップの身体を支配する。

「うっ…」
「ありがとうカール!後は解読に集中していてくれ!」
「はい…っ!」

ソフィアは二階建ての屋敷の方向へ、イソップは橋の方へ走り出す。当然の如くリッパーはソフィアを追って歩き始めた。"霧の刃"はイソップに命中し、彼の身体や足跡にさえ霧が絡みついているのに、彼はイソップには目もくれずソフィアを追っていく。だんだんと心臓の音は落ち着きを取り戻していく。今しがたオレンジ色のライトが暗号解読終了を合図した──残りは1台。端末には『解読に集中して!』というメッセージが、メリーゴーラウンドの近くで送られた。恐らくそこに二人は集まっているのだろう。

「カールさん!救助ありがとうなの」
「いえ、それより暗号機の進度は」
「今半分切ったところよ。ソフィアが倒れるまでに間に合えばいいんだけど……」
「分かりました……微力ですが手伝います」
「ありがとう」

カールの『社会恐怖』故にカール自身の解読の進度は遅くなるが、このギリギリの事態にそんな事言っていられる筈もない。傷の手当ても後回しに、カールは解読に加わる。あと少しのところで三人は手を止め、エマが『暗号機寸止め完了!』とメッセージを送った。エミリーとイソップはすぐ近くのゲートへ向かい、通電したらすぐゲートの暗号の解読に手がつけられるようスタンバイする。本来は通電した場合すぐこっちのゲートへ向かってくるハンターの方が多いだろうが、リッパーは必ずソフィアを追い続けるだろうと二人は確信していた。

そしてソフィアが行動不能になった瞬間、最後の暗号機が解読され、サイレンの音が響き渡る。ソフィアは再び立ち上がり、エミリーはすぐさまゲートの解読を始めた。カールは其処のすぐそばにしゃがみ込み、棺を出現させる。彼だけが扱える能力。地面から出現した黒い棺を開くと、中には灰色の『素体』が仕舞われている。カールは急いで化粧箱を開き、『素体』に化粧を施す。英国人によく似た白い肌、グレーの瞳、薄紅色の唇──灰色の『素体』は、みるみるうちにソフィアの姿へ作り変えられていく。




『ゲートが開いた!』

端末にメッセージが表示されるのを、地に這い蹲るソフィアは、霞んだ目で確認した。『中治り』によって再度行動することが許されたものの、ソフィアはあと一回攻撃をくらってしまえば終わりだった。それでも壁や板の多い中で20秒程度でも時間を稼げたのは、自分でも偉いと思う。口の中が鉄の味でいっぱいになっていても、勝ちを確信したソフィアは笑っていた。

「……ハァ、全く、今日はついてない。霧を何度まで避けられてしまうと、自信を無くします」
「……ふふ、練習し直してみたらどうだ?このままだと、私が荘園を抜ける日が来るのも、そう遠くないな」
「それはいけない、焦りますね」

リッパーは血に濡れた爪を振り落とし、ソフィアに風船を括り付ける。橋にある椅子はエマが壊したとはいえ、電車の停留所近くにある椅子は手付かず。ソフィアも抵抗はしなかった。リッパーは鼻歌を歌いながらソフィアを座らせる。

「ま、今回は貴女を吊れた事で良しとしましょう」
「私を?……ハハハ!リッパー、貴様、私を追いかけるのに夢中になりすぎたか?端末をよく見てみるといい」

仮面の裏で怪訝な顔をするリッパーは、すぐにその発言の意図を理解する。目の前で座るソフィアの背後から、黒い絵の具のような液体が、ごぽりと湧いてきたのだ。この光景が何を意味するのか、リッパーは既に知っていた。


「私たちの完全勝利だな」


次のゲームでまた会おう──黒い液体に飲まれる寸前、ソフィアは勝ち誇った笑みでそう言い残した。棺を表示する青い光は、ゲートのすぐ側にある。今から行って間に合う距離でもなく、納棺後のサバイバーは一定時間攻撃を受けようと走り続けられるのだ。追いかけようとも無駄な足掻き……端末にはゲートから抜け出した事を意味するマークが4つ分表示されていた。

歪んだ旋律を奏でる音楽だけが取り残された公園で、リッパーは忌々しげに舌打ちをした。




「ありがとうカール。助かった」
「……いえ、ウラミチさんが時間を稼いでいてくれたお陰です」

ゲーム終了後、ソフィアは真っ先にイソップの元へ駆けつけていた。今回は運が味方したのもあって、霧の刃を何度も避けられたし、イソップの納棺もあって4人脱出完全勝利。上等なワインでも開けたい気分だ。エミリーとエマはあと何回かゲームをするようで、ソフィアとイソップは二人と別れ、自室に繋がる廊下を歩いていた。

「幸運だったのもあるな。今回は他のサバイバーに自慢したくなるほど良いゲームだったよ」
「……そう、ですね、僕も、久々に納棺が上手くいった…と思います」

未だに視線は交わらないが、このゲームを通して少しは距離が縮まっただろうか。ソフィアは「そう、見事な納棺だった。流石だ」と声を弾ませた。

「……ええ、そうですね。それに……貴女は、既に手本を見ていたので描きやすかった」

ぴたりとソフィアの靴音が止む。イソップは何歩か先を歩き、ソフィアが立ち止まったのに気づくと振り返った。髪の色と同じダークグレーの瞳が、初めてソフィアの顔を映す。

「……それは、どういう…」
「…………改めて、お久しぶりです、ソフィア・ウラミチさん」


「こうして会うのは、妹さんのお葬式以来ですね」




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