ブラッドストーン


 飛び道具と思われる武器が二つ、高速でステイン目掛けて向かってくる。
 それを錆び付いた刀で弾き、ステインは獣の如く一気に茂みの中へと駆けて行った。居たのは三人。一人は銃器のような武器を持っていて、後ろの二人はメリケンサックに似た防具を拳に装着している。恐らくこの二人が接近戦役だろう。遠距離役の男はいきなり現れたステインに顔を強張らせて、一歩後ずさる。その隙に男の腹に太いナイフを刺した。

「がっ…!」
「お、オイ!何ビビってんだ!」

 遠距離役の男はがくがくと震えながら地面に倒れた。地面に赤黒い血が広がっていく様と、その血が付着したナイフの刀身を長い舌で舐めとりながら自分たちをしっかと見つめる殺人鬼を見て、二人の男も顔を青くする。

「クソッ!なんでテメェなんかが…!」
「そういうのは後だ!今はアイツが最優先だろ!」

 その一言を皮切りに、大柄の男が意を決したように動く。腕の筋肉が元の3倍以上に膨らみ上がってまるで丸太のようになり、その腕をステインに振りかぶる。ステインはすぐに後ろへ下がり、男の地面をも割る攻撃を躱す。するとその巨躯の背後、つまり死角からもう一人の細身だが筋肉質の男が飛び出し、今度は足の筋肉を傍聴させて攻撃する。ステインはそれを紙一重で流し、茂みを抜けて河原の方へ抜けた。河原には輝石が不安そうな面持ちで彼が向かった方向を見ていたが、ステインとその刺客が飛び出してくるとヒッ、と声にもならない悲鳴をあげて、岩の影に隠れた。ステインはそれを視界の端に捉えると、なるべくその周辺へ男達の目がいかないように誘導する。

「あ?アイツいねーじゃねーかよ!」
「どうすんだアニキ!」
「どうもこうも、またGPS起動すりゃいいんだよ……その前に、あのイカレ野郎を殺らなきゃいけねーんだけど…」

 やはり発信機があったか、と男達の視線もどこ吹く風でステインは納得する。逆になければこれほど簡単な使命はないし、あまりにも相手が馬鹿すぎだ。そして、その発信機がどれなのかはーーこいつらがきっと、知っていることだろう。

「……オイ、貴様ら」
「あ…?」
「あの小娘の発信機がどれか、分かるか?」
「あぁ、それなら………いや、それがどうしたってんだよ!」

 大柄の男が答えかけて止める。どうやら脳味噌まで筋肉で出来ているタイプらしく、横の細身の男がため息を吐いている。…そういえば『アニキ』と呼ばれていたのは細身の方だったような……。

「ハァ……知っているならさっさと教えろ。時間が惜しい」
「時間が?そりゃこっちも同じでね、教えてる時間なんてないのさぁ!」

 細身の男はそう言うと足の筋肉を膨張させ、一気にステインへの射程距離に到達するまで跳躍する。接近戦が主な戦闘スタイルのステインに対して(遠距離だろうとなんだろうと並みの腕ではこの男にとっては何でもない事なのだろうが)不利に思えるが、筋肉膨張はあと一回分出来る。これで一気にステインの背後に回り、腰に一発お見舞いしてやろうと男は画策していた。

 そして跳ぶポイントにまで来た瞬間、ステインは刀ではなく、銃を構えていた。
 それは紛れもなく男の仲間ーー腹を刺されて倒れた男が持っていたモノだ。あの野郎、どさくさに紛れて盗んでいたのか!
だがそれも愚考で、愚行だった。今、正に跳ぼうとしている自分にその銃弾はギリギリの所で届かない。加えて右手が塞がっている!ナイフを持っていたのは右手の筈だーー利き腕の筈だ。左手に刀が握られているものの、あんなボロっちい、錆びた刀ではこの膨れ上がった足は切れないだろう。

 勝った!
 男は勝利を確信して、策通りに地面を蹴る。その一瞬の後にパン、と銃声が鳴るのが聞こえ、男の視界にはステインの背後だけが映っていた。後はコイツの肋骨を一本残らずブチ折ってやるだけだ!と、男はステインの右脇腹に蹴りを喰らわせたーー筈だった。


 突然、男は貫くような衝撃を足に感じた。


 いや、貫いている。貫いた。
 右足を一直線に、銃撃のように。
 男はそれが何なのか分からない。
 ただーー視界に一瞬、ほんの瞬きにも満たない間に、光る何かが映ったような気がした。

 それがどういう物なのか判別する前に男は衝撃でバランスを崩し、鋭利な刃で両腕を刺された。勿論、ステインの得物だ。ステインはすぐさま片方の刀を抜き、付着した鮮血を舐めとった。すると何か見えない力で体を抑えられているようなーーありていに言えば、男はその仰向けの態勢から動けなくなった。

「ックソ!!この野郎、いや、一体何しやがったこの野郎!」
「………」

 ステインは答えない。というより、答えようとしていないのではなく、答えられないと言いたげな表情をしているのが益々不可解だった。

(…いやそれより、あいつは何やってる!?今が絶好のチャンスだろうが!)
「……あの大男が助けに来るのを待っているのか?」

 男の表情があまりに切羽詰まっていたのか、ステインは察する。そして顎で男が居た場所を指す。そこには大の字で倒れた仲間の姿があった。よく見ると、赤い血が広がっている。

「………!!」
「ハァ……どうやら俺の銃弾が偶々当たったようだな。」

 ステインは言う。あの攻撃が自分を狙っての事だったのか、背後に立っていた男に向けてのモノだったのか分からない。こうなってしまったらもう助からない。何としてでも『ボス』に連絡を取らなければいけない。このガキはとんでもない奴を味方につけたと。

「……お前に聞きたい事がある。」
「ハァ?」
「あの小娘の『どこ』に発信機がある?」
「ッ答えるわけねーだろクソボケが」
「だろうな」

 ステインはさも億劫な仕事をしているといった表情を見せる。あの大男を生かしておけば少しは楽だったな…とステインは独りごちた。そして手に持っている刀を足に突き刺す。ブチ、と何かが千切れた音がして、男は重い呻き声を上げた。

「答えなければそれ相応の手段を取るが?」
「だ……れが言うか……言ったらどうせ…殺られるだろ」
「まァ、どのみち失血死だろうからな」

 どくどくと流れる血を見てステインは言う。男はそれを聞いて、ゆっくりと、自分の体温が冷えていく感覚を覚えた。


 死ぬ。


 いや、この業界じゃあ毎日死人が出てる。当たり前だ。死んで当然のような奴らの集まりだ。自分もその1人だ。だから、覚悟は出来てる。とっくの昔に出来ているんだ。

 出来ているーー筈なんだ。
 なのに、何故こんなにも震えている。
 手が、足が、全身が。
 寒いのか。
 それともーー恐怖なのか。

「……その顔の色は…ハァ……血が足りないのか?それとも怖いのか?死ぬのが」
「……」

 肯定したくない。
 はいそうですと言いたくない。
 死ぬのが怖い。
 だがーー死ぬ。
 死ぬのだ。自分は。
 命乞いも意味はなく、舌を噛み千切る気力もなく、特攻する勇気もない。
 この殺人鬼の前では何もかもが無駄だ。
 なら、せめてーー

「……尻だ。」
「……?」
「だから、あいつ、あのガキの尻に埋め込んであんのさ。発信機はそこさ。」
「………」
「もっとも、そこまで……『キモチ悪いとこ』にはいれちゃあいねえだろ。医者に見せりゃあ…すぐに出せる。………今は無理だろうが…」

 ステインは答えない。その代わり、眉間に皺を寄せていた。怒っているのだろうか。この男にそんな感情があるとは思えないが………。

……冷たくなっていく。
血が流れすぎたのだろう。

「ハァ………そうか。」

 ステインはそう言って刀を抜き、鞘に収める。礼も何もなかった。そりゃあそうだ。今は一目散に逃げる他ない。遠くの岩陰から輝石が控えめに姿を見せている。男はあの娘に会った事は殆どない。厳重にロックされ、見張りがついた薄暗い部屋にずっと居た。時々男たちが数人中へ入って行ったのを見た気もする。──その後直ぐに、小さな悲鳴が聞こえた事も。

 男は腕を動かしてみた。
 少しは動くようだーーもしかしたら、連絡が取れるかもしれない。


 ……そう思って、そう思ったが、男は力なくあげた腕を下ろした。
 もし連絡を取るつもりなのがステインにバレたら、あの男はすぐさま腰の拳銃で自分を撃ち抜くだろう。毎日が戦争のような男だ。僅かな衣擦れの音すらも敏感に捉えるに違いない。


 …………それに。
 連絡を取れば、もうあの娘が助かる可能性が途絶えてしまう。


 発信機を取り除かない限り、元からあの逃走劇にハッピーエンドはない。
 だが、あの娘に対する『王子様』は、あの世にも恐ろしい殺人鬼だ。追っ手を掻い潜る技術は言わずもがなだ。戦闘力も折り紙つき。たとえ追いつかれるような事態に陥っても、あの娘だけは、逃げ切れるかもしれない。逃すかもしれない。
 今ステインが『居る』と言ってしまったら、ボスは本気で叩き潰すつもりだろう。今のこの状況をボスは楽しんでいる。ただのゲームと思っているのだ。
 それをわざわざ台無しにするほど、この男は人でなしの碌でなしでなかった。
 それだけのーー事だった。



「……こ、殺したんですか?」
「……ああ、死ぬだろうな。あのままだと」

 主人を見つけた子犬のように、輝石はおぼつかない足取りでステインの元へ向かった。その挙動から見るに、まだ足は痛むらしい。当然といえば当然だ。輝石は若干青ざめてあの惨状を見ていた。ステインは『特に何も』感じなかったが、輝石は見た目で言えばまだ10代の子供だ。そのやけにリアルで、生々しい光景を見たくはないが見ずにはいられないといった表情で、だが視線を動かさずにいた。ステインは短く息を吐くと、輝石の細い手を取り、抱きかかえた。

「うわっ!ステインさん!?」
「時間がない、行くぞ」
「は、はひ!」

 ステインは輝石が答えるより前に街に向かって駆け出した。輝石は途切れ途切れに悲鳴をあげながら、ステインに必死にしがみつく。その声は段々小さくなって、聞こえなくなった。



 そこには何もない。
 ただの死んだ肉と、細い肉の横に、まるで献花のように転がった宝石だけがあった。
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