俺から見て、高原灯子は異端そのものだった。






青い






高原灯子は誰よりも小さく、誰よりも幼かった。

高校生になっても低身長の奴は山ほどいるし、そこまで特に気に留める事でもない。

だが、高原だけは他と違った。

小学生のある一定の時期から、まるで時間が止まったかのように際だった幼さがあった。


あの女の周りだけ、どうしても時間の流れを感じなかったのだ。


だからなのかはわからないが高原は人とあまり関わろうとしない傾向があった。他人と距離を置き、いつも見えない壁を作っていた。
最初こそ彼女と仲良くなろうとして話しかけていたクラスメイトも、高原の反応の薄さから次第に離れていった。

現に今も一人で窓際の席につき、大人しく本を読んでいる。これが俺の…、いや、誰しもが目にするいつも通りの高原の姿だった。その姿が日常の一部だった。



纏う空気が、


高原だけは異質だった。




「堪忍、してな……」


不意に、あの日聞いた言葉が頭を過ぎった。

"堪忍して"

確かに高原はそう言った。そう呟いたのだ。

この女は一体何を知っているのか。
何を謝罪していたのか。

俺は今だにこの事を聞き出せずにいた。




「なぁに熱心にちっちゃいお嬢ちゃん見つめとんねん」

突然投げかけられた言葉の方向に目を向けると先程までいなかったはずの忍足がニヤニヤとした気に食わない笑みを浮かべ俺を見ていた。いつの間に俺の前の席に座っていたんだ。気付かなかった事に俺は内心舌打ちした。ちなみに忍足も俺と同じクラスである。最悪だ。


「跡部、お前ああいうのタイプやったっけ?ずっと派手な美人が好きやと思っとったけど。…まあ、高原ちゃんもちっさい割にごっつ綺麗な顔しとるけど」

「はぁ?何言ってんだよテメェは。そんなんじゃねぇ」

「じゃあなんやねん」

そんなん俺が知るか。
いちいち口に出すのも面倒なので無視しといた。
すると忍足はくすりと笑った。

「アン?何笑ってやがる」

「ま、そうカリカリすんなや。ようやくみんな前みたいな普通の日常に戻れたとこなんやから」

忍足は頬杖をついてから、そろそろ明るい話くらいしたいやん?と苦笑した。

「……」

それを言われたら何も言えなくなってしまう。俺は苦し紛れに小さく舌打ちをし、忍足から目をそらした。

――例の女子生徒の飛び降り事件から今日で一週間。
事件前と変わらぬ日常がようやく校内に戻りつつあった。事件直後はどこか重い空気が学園全体を包んでいたように感じた。それもそうだ、ドラマや小説のような、現実染みていない出来事が自分たちの通う学校で起こるなんて誰が予想しただろう。

それに、女子生徒の死は未だに詳しい事は分かっていなかった。

最初こそ薬物の過剰摂取などを疑われたが、よくよく調べると体内に毒物や薬物などの反応はなく、検死官は首を傾げたという。

唯一、女子生徒の胃の中に残っていたのは何の動物のモノかわからない小さな"肉"の破片だけだったらしく、恐らくそれが死の原因の一つであるかもしれない、と曖昧な見解を親父の友人でもある警視庁の人間が昨日言っていたのを聞いた。

現在、女子生徒がいつ、どこで、どうやってその肉を入手したのかも捜査しているという。

それを裏付ける重要証言をしたのは女子生徒の親友で、「事件当日、学校帰りに買い物に行ったとき、別行動をしている際に、珍しいモノを貰ったと彼女が嬉しそうに言っていた」というモノだった。

その証言を元に今街中でも捜査をしていると聞いた。


「(何の動物のモノか分からない、肉、か…)」


胸に変な違和感を覚えた。

そして、同時にいつも夢に現れる女の顔が浮かんだ。

何故だ。

夢と現実が急に交わる感じがして、そんな訳ないと頭を振った。



「…………」


だが、不意にまたあの言葉も蘇った。



「堪忍、してな……」



あの女の、

悔いるように呟いた、あの言葉。

色々な事が自分の意思を無視し訳も分からず交わっていく感覚が気持ち悪かった。

髪を掻き上げ、チラリと高原を視界に入れた。




「……つーか、あの女、関西弁喋るんだな」

「は?」

「高原だ。この前、テメェみたいなイントネーションの喋り方してたぞ」

「え、あの子標準語とちゃうの?前女子と話してんの聞いとったけど標準語やったで?跡部も一緒に近くで聞いとった事あるやん」

…確かに言われてみればそんな事もあったような気がする。

「……じゃあ聞き間違えか」

「そうなんちゃう?」

「…………」


短いたった一言だったが確かにウザいほど毎日身近で聞いてる関西方面のイントネーションだった気がしたんだが…。

まあ勘違いはよくある事だ。俺はその話をすぐに流した。


相変わらず高原は本を読んでいる。


席は机4つ分くらい離れているが高原と俺の席は真横にあって横一列に繋がった延長線上にある。なので顔を横に向ければ女の姿は簡単に捉える事が出来た。


そんな女の横顔を再度ちらりと見てから俺は一つ欠伸をして「ねみぃ」と呟いた。


「なんや、また寝不足かいな。もしかして、まだおんなじ夢繰り返し見とるん?もう何日目や」

「んな細けぇ事忘れちまった」

「なんやったっけ…確か女の夢やろ?青い蝶と赤い着物を着た女が出て来る夢」


ばさばさ、ばたん


忍足が言った途端、横の方で何かが落ちる音が聞こえた。

忍足と二人で音のした方に顔を向けると、高原がいて、先程まで手にしていた本が無くなっていた。

音の原因は高原が本を落とした際にした落下音だったようだ。


だが高原はすぐに本を拾う事なく、座ったまま本を読んでいた時と変わらぬ体制で石のように固まっていた。

それからゆっくりと俺達の方に顔を向けた。

その顔は、"何で"と言わんばかりの驚きと困惑が入り混じった表情で、まるで化け物でも見たかのように目を見開いて俺を凝視した。


「青い、蝶と…赤い着物の、女……?」


高原はとぎれとぎれに言った。


…何でこの女がこんなにも驚いた顔をする?

何で俺の夢の中に出て来る女をさも自分も知っているかのように言う?







――この女は一体、何を知っている?







「おい、お前…」

「!」

俺が声をかけると高原は弾かれたように立ち上がり、本を拾い上げる事もせず、逃げるように教室から飛び出していった。


「テメェ待ちやがれ!」


俺はそんな高原を反射的に追いかけた。

「えっ、ちょ、待ちいや跡部!」

後ろでする忍足の制止の声も聞かず、俺は夢中になって高原の後ろ姿を追った。





「ええー…、ちょ、まじで何やねんアイツら…次の授業、もう始まるで…?」



(この女はきっと何かを知っている。そう確信に似た何かが俺の中に突如湧き上がった)
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