レメンブランス | ナノ

光り輝く星を包む真っ暗な宇宙は何を思う。













夜中の12時。
僕は閉店した黒孤でカウンターに座り軽くビールを飲みながらつまみのピーナッツを一粒口に入れた。

閉店した店内にはブラックフォックスのメンバーしかいない。

ここ、新橋にある居酒屋「黒孤」は昼間は食事処、夜は居酒屋、深夜0時の閉店後には世間を騒がす大怪盗、我等がブラックフォックスのアジトに早変わりするのだ。


「あ。そーいえば宙!アレ、どーなったんだ?」

「アレって?」


突然後ろのテーブル席でたっくんと結衣ちゃんとビールを飲んでいた健兄がこちらに向かい話し掛けてきたので僕は首を傾げつつ回転椅子をくるりと回し健兄達の方に体ごと向けた。


「アレっていったらアレだよ。今、宙が監視してる子!えーっと何だっけ…」

「確か日下部さん、でしたよね?」

「あー、そうそう!日下部だ!」

彼女の名前が出てこなかった健兄は結衣ちゃんの助け舟でやっと思い出せたのが嬉しいのか満面の笑みだった。

「そういえばうっかり忘れてたな。どうだ?様子は」

僕の隣で烏龍茶を飲んでいたリーダーのリキ君もたった今思い出したように顔をあげ僕を見た。それに続くように厨房で明日の仕込みをしていたボスまでもが「あ、そういえばそんな事もあったね」なんて言っている。


え、ちょっと待ってよ。僕にあの子を監視させといてみんな今まで忘れてた訳?

何だよそれ、と文句が出て来そうなところをぐっと我慢し報告した。




「…何にもないよ。特に問題なし」

「怪しい行動とか警察に行くようなそぶりも一切なしか?」

リキ君に念を押すように聞かれ僕は少しムッとした。

「ホントのホントに何にもないよ。大学行って授業受けて天文サークルで活動してたまにふらっと夜中に星を見に行って、後はアパートのベランダから望遠鏡で夜空を見てるだけ。この丸2週間ほんとにそれだけだった」

「初めて会った時、星に興味あるとは言ってたけどそこまで星漬けの日常なんだな」

はぁー、すげぇな…!と健兄が感心したように声をもらした。

確かに健兄の言う通りだ。この2週間大学に潜入したり色々な手を使い彼女を見張っていたが、毎日が星やら宇宙やら天文だらけだった。大学で教授と何やら真剣に話していたので (まさかオレ達の事を警察に言うかの相談? それとも密告?) と思えば天体に関しての意味の解らない呪文のような用語を目一杯並べ話しているし、大学の帰りに家とは違う方向に歩いて行くから何処に行くかと思えばプラネタリウムだったり。
健兄の言う通り正に『星漬け』。
一日が星で始まり星で終わる。彼女の毎日はそんな星だらけの毎日だったのだ。


「2週間監視して分かったけど、彼女、本当にオレ達の事を誰にも言う気ないと思うよ。星以外興味ない感じがすっごい伝わってくるし」

俺は飲みかけのビールに手を伸ばしゴクリと飲んだ。

「そっかぁ、ならもう宙君の監視任務、解いてやってもいいんじゃない?」

「まぁ…そうだな、宙が怪しくないって言うんだから大丈夫だろう」

ボスの言葉にリキ君が頷いた。


「監視任務、ようやく解かれたか。良かったなー宙!」

最初はめんどくさいってブーブー言ってたもんなぁ。健兄がグラスを上げ笑った。
結衣ちゃんも笑顔で「お疲れ様、更科君」と言ってくれたので俺はそれに曖昧に笑って「ありがとー」と返した。




「んじゃー宙が監視役から解放されたんなら前に贋作掴まされて失敗したミッションの作戦を立て直さなきゃだな」



不安要因が取り除かれちょっとだけ祝杯ムードだった雰囲気がたっくんの一言で一気に消滅した。


前に失敗したミッション。
それは初めて彼女、日下部静香に出会った夜の出来事。




「(そうだ、今度こそ本物の絵を見つけないと…、なんだよね)」



不法に流出、出回ってしまった結衣ちゃんのひいおじいさん、別名『大正のレオナルド・ダヴィンチ』の遺した芸術品を集めるのがブラックフォックスの使命。


芸術品を大事にしない、金儲けの為だけに所持する奴から早く絵を回収しなければならない。
あの日回収に失敗した絵がまだ人手に渡らぬうちに。


「(でも…)」


皆が絵の事を話し始めたのを聞きながら俺の気持ちだけはそこにはなくて。

何故かあっさり彼女の監視任務を解かれた事に妙に寂しさを覚えていた。

最初は面倒で凄く嫌だったのに。

でも監視している時間は決して嫌ではなかったのだ。
彼女とは一言も言葉を交わさなかったし接触もしなかった。
彼女の事をただただ遠くから見ているだけだったのに。


嫌では、なかったのだ。



監視役を解かれたらもう彼女に会う事はない。

最初の予定では今この瞬間を喜ぶはずだったのに。

何だろう、この違和感は。

何故だろう、この虚しさは。

星を見上げ、かすかに微笑む彼女の横顔が頭から離れないのだ。



「おい、宙!何ぼーっとしてんだ。お前も話に加われ。この中でこの絵が贋作かどうかはお前しか見抜ける奴がいねぇんだから」

ほら、とリキ君に手渡されたターゲットの絵の写真を見て胸がざわついた。


今回俺達ブラックフォックスが狙っているのも『星』の絵だったから。


満天の星空の下で小さな少女が嬉しそうに笑う絵。







何故かその絵の少女と彼女が、僕の中で重なって見えた。


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