レメンブランス | ナノ

ベッドの上で仰向けになり部屋の天井をぼーっと見上げる。

少し狭い部屋に大の大人3人がそれぞれの布団で寝ている。二段ベッドの下にはたっくん、その上に健兄、僕はその向かいにある普通のベッドで横になっていた。

酒が入り、どうやらみんなすっかり眠ってしまっているようだった。

隣の部屋で寝ているリキ君も、別の離れた部屋で寝ているボスや結衣ちゃんもきっと爆睡しているだろう。

僕も明日…いや、今日は午後から講義が入ってる。早く寝なくちゃ、とは思ってはいるのだがどうにも寝付けない、のだ。


「はぁ…」


ため息をひとつついて右腕で両目を塞ぐように顔へ乗せた。


今日は、色々な事があった。

絵を盗りに入った美術館で贋作を掴まされるは、それで警察に追い掛けられるは、変な女の子に助けられるは。
挙げ句の果てにその子の監視役にまでさせられて。

……まぁそれは僕が悪いんだからしょーがないんだけどさ。

しかも星子と同じ大学の同級生で友達とか、世間が狭いにもほどがあるでしょ。

しかしあの星子が妙にあの子に懐いていたのには正直驚いた。
我が妹ながら我が儘だしプライドはやたら高いし、気を許す友達だなんて数えるほどしかいないはずだ。いや、むしろいないに等しいのかもしれない。

その星子が懐いていて、尚且つあの星子のマシンガントークをたった一言名前を呼んだだけで黙らせてしまうんだから、もしかしたら僕が思う以上に相当すごい子なのかもしれない。



でも彼女の第一印象はと言うと。

無表情、寒空の下ひとりで空を見上げていた変な女。

…と言ったところだろうか。

僕達がブラックフォックスだという事を聞いてもあまり表情は変わらなく、冷静に僕達を見ていた。言い方を変えれば冷たい感じにも取れた。

けど友達の、星子の話をしている時だけは、

微かに笑ったように、見えたのだ。

ほんとに少しだけの間。

星子の事を考え、嬉しそうに、

彼女は笑ったのだ。


けれどその表情はまたすぐにもとの無表情に戻ってしまったけれど。


僕はその一瞬垣間見せた小さな笑顔に目を、



奪われてしまっていたのだ。









ごろん。

頭の中の考えを打ち消すようにもう何度目になるかわからない寝返りを打ち、壁側に体を向けた。

そして枕元に置いていたスマートフォンを手にし、指をスライドさせロックを解除した。

スマートフォンからもれる微かな光で部屋が少し明るくなった。

けれど爆睡している二人は起きる事はないだろうと構わず操作を続ける。


電話帳を出すとスライドさせ登録されている名前を順番に見ていく。

ブラックフォックスのメンバーに、星子、大学の友人に、仕事で情報を聞き出す為必要になった女の子達の沢山の名前、前の彼女、その前の……、

そして1番最後。登録したばかりの、名前。




「日下部、静香…」




彼女の名前を呟くと何故か胸の中に何ともいえない気持ちが広がった。

何だろう、この感じは。

わからない。


彼女は僕が今まで出会った事のないような人だった。


あの一瞬見せた笑顔が頭から離れない。もっと見たいと思った。
これから接していくうちにあの笑顔を僕にも向けてくれるのだろうか。

そんな事ばかりが頭を駆け巡った。

そしてもうひとつ。

「宙は静香と喋っちゃダメ!だって宙、静香の事絶対好きになっちゃうもの!」


星子がどうゆうつもりかわからないけど、こっちから言わせてもらえば何言ってんのって感じだ。

僕はそんな簡単に人を好きになったりなんか、しない。



そう思った矢先彼女の顔が頭に浮かび、再び仰向けになると僕は少し乱暴に言葉をもらした。





「あーもうっ、何だかなぁ!」



わけわかんない。


でもまぁ、とりあえず起きたら彼女にメールを送ろう。

そう思った。









(うるせーよ宙!早く寝ろ!シベリアに強制送還すんぞっ)
(あれ?たっくん起きてたの?)
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